五大湖周辺のインディアン〜滅び行く部族

五大湖地方のアルゴンキン諸部族が住んでいたのは、 現在のミネソタ、ミシガン、両州だったが、支族は、 イリノイ、インディアナ、ウィスコンシン、オハイオ、 ニューヨークの諸州、それにカナダのオンタリオ州と ケベック州に広がっていた。
この森林インディアンも自然の恵みが豊富な森で狩り をしたり漁をしたり、木の実を集めたり、また、穀物を つくって暮していた。 木の皮で作った ウィグアムが畑の周りに集まって村が 出来た。
しかし、定住していたわけではなくて、冬になるともっと 小さな村へ移動して罠猟をしたり氷に穴を明けて魚を
捕ったりした。 こうした森林インディアンの中で最も大きかったのはチペ ワ族(オジブワ族でその子孫が現在カナダに5万人、 アメリカに25000人(1980年代初頭)が暮している。
チペワ族は罠猟が得意でとった毛皮をフランス人の所へ 持っていき武器に変えていた。
そして、武器を使って南方にいたスー族を西部の大平原 へと追い払った。
チペワ族以外の大きた部族には、オタワ族、ポタワトミ族、 メノミニ族、キッカプー族、クリー族、ソーク族、フォックス族 などがあったが、白人からの迫害が強くなっていったこと と、馬を使いはじめたことによって、平原文化へと移行し ていった。

ヨーロッパから持ち込まれたものの内、インディアン文化に 最大の影響を与えたのが、 この馬だった。
こうして、以前は森林インディアンだったチペワ 族の大半が、今では平原インディアンになっている。
この 広大な五大湖地方では、さまざまな歴史の風が吹きあれ、 文化による境界線がかすんでしまったが、その一例は、 アルゴンキン語族のクリー族だ。
7万人以上といわれるカナダのクリー族は、もともと寒い北部 の森林地帯で暮していた。
しかし、現在は、北部の文化だけでなく平原文化や森林文化 をもつ、多くの小さな集団も含んでいる。
また、ともにアイオワ、ネブラスカ両州に住むポタワトミ族と スー語族のウィネバゴ族も、森林文化と平原文化の両方の集団をふくんでいる。


樺の木の皮を貼って作ったウィグアム 住人の男性は雪靴を作っている ・・・・・・・・らしい。 ミクマク族 ミクマク族は、ちなみにアルゴンキン 語族に属する。
こうした部族には、ほかの北米インディアンよりも、更に悲劇的な 歴史をたどってきたものが多い。
ミシガンに住んでいたポタワトミ族のある支族は凄まじいの迫害 をうけて、ミシガンからイリノイヘ、そしてアイオワ、カンザスを経て 遂にはインディァン准州へと追われていった。
この部族は、現在 はオクラホマ、カンザス、ウィスコンシンの諸州とカナダに散らば って住んでいるがなかにはキッカプー族の一団と一緒にメキシコ まで移動していった者もいた。
キッカプー族も、同じように白人の 手で追いはらわれた部族である。
イリノイとウィスコンシンのソーク 、フォックス両部族も、 color="#FF0000">大酋長ブラックホークに率いられた1832年 のミシシッピ川での戦いもむなしく、同じ運命をたどっていった。
ブラック・ホークが自分たちの土地を守ろうと戦った敵の中には 23歳の青年将校だった
エイブラハム・リンカーンもいた。
これらのインディアンたちも・インディアン准州やカンザスにある 保留地の、限られた土地の中に追い込まれてしまった。
五大湖地方のインディアンの文化の特色は、ミデウィウィン (またはグランド・メディシン・ソサエティ)にある。
これは、一種の秘密結杜で、入会者は、様々な儀式を受けなく てはならない。
そして、その神聖な儀式の際には、部族の歴史が歌と踊りで再現 される。
チペワ族とメノミニ族は、今もこのミデウィウィンをもち続けていて、 特別につくられた長いウィグワムの中で儀式をおこなっている。

チペワ族にはドリーム・ダンス教というのもあって、信者はカルメット
ー聖なる長いバイプーと飾りたてた儀式用の太鼓を崇めている。

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