西部開拓に携わったインディアン女性

ポカホンタス
ポカホンタス
Pocahontas
出身地:ヴァージニア
1595年?〜1617年?
絶世の美女と呼ばれた インディアン女性。
ディズニーアニメ映画で有名なポカホンタス。 映画の中の勇猛果敢な酋長達と違い、平和の象徴とされた人物。彼女はどのような生涯を全うしたのであろうか。


お馴染みディズニー社による長編アニメーション映画『ポカホンタス』。舞台は17世紀初頭のアメリカ。
御都合主義よろしくジョン・スミスとのロマンスをメインとしたストーリー。伝説ではポカホンタスは絶世の美女となっている筈だけど左の画像の様に“不細工!御得意の王子様とお姫様系の御伽噺ではありジョン・スミスの王子様ぶりにも閉口。

 

1995年アメリカ作品

第68回アカデミー賞 ミュージカル部門作曲賞受賞

 

ポカホンタスは、ヴァージニア地方の初期の歴史に残る有名なインディアンでありアルゴンキン・インディアン系(中にシャイアンが有名)族連合の酋長であったポウハタンの娘である。

最初のイギリス人入植者たちは、1607年にヴァージニア地方に上陸し、キャプテンジョン・スミスらがインディアンたちの土地にジェームスタウン(植民地)を創立した。
入植者たちは、インディアンから物資や食物を入手する必要があったが文明の違いから両者は対立した。
植民地が出来てまもなく、ジェームスタウンに現れた美女ポカホンタスは、またたくまに勇名となりやがて、入植者と父ポウハタンの間の重要な調停者としての役割を果たす事になる。
 1607年、7月12日にポウハタンの部下達がキャプテン・ジョン・スミスを捕らえてポカホンタスのもとに連行した。
その時のジョン・スミスの回想録によると、ポカホンタスが父ポウハタンに自分の命乞いをして助けてくれなかったら恐らく殺されていたであろうと記されている。
 ポカホンタスの必死の命乞いにより、ジョン・スミスが助けられた事により、とりあえずの、インディアンと入植者たちの間での休戦が成立した。
その後、ポカホンタスはジェームスタウンにしばしば足を運ぶようになった。
休戦が成立しているのにも関わらず、両者の間では小競り合いが続いていた。
 1613年にポウハタンに捕虜にされている入植者たちの安全を確保するためにキャプテン・サミュエル・アーガルは策略にはめて、ポカホンタスを捕虜とした。
植民地側に拘束された彼女は入植者とインディアンとの間の関係の態勢を立て直す為に利用された。
捕虜であるこの期間にポカホンタスは英語を習得し、クリスチャンとしての教育を受けた。
1614年にキリスト教の洗礼を受け、洗礼名レベッカを得た。
そして、彼女はジョン・ロルフと出逢う事になる。
ジョン・ロルフは英国人で当時ヨーロッパで高値で流通していた煙草の種子を1612年にジェームスタウンにもたらし、栽培を始めていた。
2年後には本国に売り込める程の収穫を得る事が出来ていたようである。

ポカホンタスとジョン・ロルフは1614年4月に結婚式を挙げる。
ジョン・ロルフが結婚した理由はポカホンタスの美しさに惹かれたと言う説もあるが二人が添い遂げればジェームスタウンに平和がもたらされると確信していたといわれている。
この時は教会は二人の結婚式を公認していたが、後に教会は白人とインディアンの結婚を公然と非難するようになったと云われている。

ポカホンタスは、1625年に息子のトマスを生み、その翌年にロルフ一家を乗せた船が12人のインディアンを乗せてイギリスへ出航した。
彼女は、英国王室に紹介され、大いに歓迎、歓待された。
ジョン・スミスとの感激の再会も果たし、7ヶ月間イギリスに滞在した後、1617年にヴァージニアに戻ろうとする直前に病で死去し、聖ジョージ教会の内陣に埋葬された。

ポカホンタスは、ヴァージニア初期の歴史に重要な役割を果たしたのである。
白人との結婚とキリスト教への改宗は白人とインディアンとの融和に対する希望を象徴するものといえて、アメリカの歴史上に重要な意義をもたらしたといえる。

TOPへ

 

 

Ads by TOK2