大いなる指導者・レッド・クラウド

伝説の<紅い彗星>



レッド・クラウド(紅い雲)
ラコタ(スー)族

本 名:マピヤ・ルタ(
Makhpiya-Luta
     1822年〜1909年
出身地:ネブラスカ説

19世紀のインディアン(スー族)の中でシッティング・ブルと並ぶ最も偉大な指導者の一人であり軍師。


レッド・クラウド(紅い雲):本名マピヤ・ルタの出生は詳細が今一つ、はっきりしていない。ネブラスカ州のノースプラタのプラタ川付近で誕生したという。父は幼少の頃死亡していた為、母方の叔父で<スモーク酋長>(オグララ・スー族)
により育てられた。

レッド・クラウドの名前の由来は、彼が生まれた日、空に異様な大きな紅い雲が漂っていたという説や、彼が生まれた日(又は年)巨大彗星が飛来し、空を真赤に染めたという説がある。本名を白人が英語に翻訳した時、本来は彗星だったのかもしれなかったけれど「紅い雲」にしてしまったという説が強い。

 

レッド・クラウドは、9人兄弟だった。父(氏名不祥)は、子供達に対して戦士として一人前にする為のスパルタ教育を行っていた。6歳の頃、父親から馬を与えられ訓練を受けていた。後にレッド・クラウドは、騎手としても腕を発揮する事になる。
12歳の時、乗馬しながらバッファローハントを試みようとしたが、突進されて落馬しあやうく命を落とすところだった。16歳の時初陣を飾った。生まれつきの観察力と注意深さを持っていたとされている。

レッド・クラウドは、若い頃から隣接する部族との戦いに明け暮れていた。当時の相手は、クロー族、ボーニー族だった。1841年、叔父の長年の敵の一人(姓名不祥)を殺す手柄をたて、たちまちブレークした。その後彼は、オグララ族の中でリーダーシップを握り、クロー族、ボーニー族、ユート族を制圧し続ける。

1865年、つかの間のインディアンとアメリカ合衆国との平和協定が破れ長い戦争が始まった。  合衆国は、彼等の居住区であるコロラドのサウス・プラット川〜モンタナにかけてBozeman Trailを建設し始めた。1862年〜1863年頃、開拓者や、金工夫のキャラバンが横断するとレッド・クラウド軍が現れ攻撃した。同時に砦に対する攻撃も開始した。1866年12月20日、ワイオミングにおいて、ウィリアム・フェッターマン大佐率いる騎兵隊と既にシャイアン族、アラパホ族とも手を握ったレッド・クラウドの間で前面衝突となった。カーニー砦の騎兵中隊80人は全滅だったが、インディアンも200人が死傷した。白人はこの戦いを「フェッターマン大虐殺事件」と呼んだ。この戦いがあまりにも悲惨でその後も合衆国は作戦に失敗していったので、考えを改めざるをえなくなった。3年後には、オグララ族の居住区の3つの砦は破棄された。レッド・クラウドは、後始末の為、現れて全て焼き払った。

その後1868年までレッド・クラウドは、数々の小競り合いに勝ち続けていった為、合衆国は、スー族に対してララミー砦条約を提示した。合衆国がBozeman Trailに沿ったカーニー、スミス、レノの三つの砦を放棄し、オグララ族を保護するという内容。もちろん平和は続かなかった。


ダコタ州ブラックヒルズで金鉱が発見され開拓者は、先を争いインディアンの「聖なる山」に押し寄せる1874年、親善大使の名目でスー族のテリトリーであるブラックヒルズへ赴いたジョージ・カスター率いる第七騎兵隊には、5人の民間人が同行していた。たまたま、その内二人が地質学者とベテランの金鉱堀だった為、金鉱を発見した。同年の7月の末にカスターは、それを報告書としてまとめたところ、新聞社にスッパ抜かれた為、スー族の「聖なる山」に、おりからのゴールドラッシュも手伝い金鉱堀が押し寄せた。ララミー砦条約は、合衆国サイドから無効にされた。インディアン戦争史上最大の悪夢の「リトル・ビッグホーンの戦い」の序章でもある。その「リトル・ビッグホーンの戦い」においては何故かスー族の指導者であるシッティング・ブルやクレージー・ホースとは、手を結ばなかった。しかし、他の、または、その後の戦争では、彼は部族を率いて、また政治的手腕を発揮し、白人から最も恐れられる酋長の一人として活躍した。


偉大な指導者レッド・クラウドが部族に遺した言葉

1903年7月4日、ラコタ族に対して送ったメッセージ
翻訳が間違っている時は、笑って許して。♪(意訳にしてます)


"My sun is set. My day is done. Darkness is stealing over me.Before I lie down to rise no more, I will speak to my people.
日は沈み、一日が終わる。暗闇が私を何時の間にか包む。私が倒れる前に、部族に話をした。
"Hear me, my friends, for it is not the time for me to tell you a lie.The Great Spirit made us, the Indians, and gave us this land we live in.He gave us the buffalo, the antelope, and the deer for food and clothing.We moved our hunting grounds from the Minnesota to the Platte andfrom the Mississippi to the great mountains. No one put bounds on us. We were free as the winds, and like the eagle, heard no man's commands.
私の話を聞きなさい。友人たちよ。今は、偽りを語る時では、ない。「グレートスピリット」は、我ら、人間を、そして、今住んでいるこの土地を与えたもうた。そして、バッファロー、アンテロープ、衣服の為の鹿も与えたもうた。我々は、狩猟場をミネソタからプラット、そして、ミシシッピのグレートマウンテンだ。誰も我々を縛らなかった。風の様に鷲の様に自由に生きた。誰の命令をも受けずにな。
I was born a Lakota and I shall die a Lakota. Before the white mancame to our country, the Lakotas were a free people. They made their ownlaws and governed themselves as it seemed good to them. The priests andministers tell us that we lived wickedly when we lived before the white mancame among us. Whose fault was this? We lived right as we were taught itwas right. Shall we be punished for this? I am not sure that what thesepeople tell me is true.
私はラコタ族として生を受けた。そして、ラコタ族として没するだろう。我々の土地に白人どもが来る前は、ラコタの民は、自由だった。彼等白人どもは、自分等に都合のよい法律や政府をつくった。宣教師や大臣が来たとき、「インディアンの生活は白人が来る前は野蛮人だった」と言う。一体誰の間違いなのか?我々は、ソー言われながらも正しく生きてきた。彼等が言うことが正しいかどうかは、わからない。
As a child I was taught the Taku Wakan(Supernatural Powers) were powerful and could do strange things. This wastaught me by the wise men and the shamans. They taught me that I could gaintheir favor by being kind to my people and brave before my enemies; bytelling the truth and living straight; by fighting for my people and theirhunting grounds.

私が幼少の頃、パワーと奇跡である、タク・ワカン(超自然的な力)の教えを受けた。それは、賢者やシャーマン(まじない師)から得た教えだ。私が敵には勇敢に立ち向かい、同部族の民には、優しく、そして、正直にまっすぐに生き、また、己の狩猟場を守るとき、大いなる力は、導いてくれよう。

When the Lakotas believed these things they were happy and theydied satisfied. What more than this can that which the white man offers us give?

我等ラコタは、タク・ワカンを信仰する事が幸福であり、悔いのない死だ。白人は我々にそれ以上の何を与える事ができるというのだ?

Taku Shanskan is familiar with my spirit and when I die I will gowith him. Then I will be with my forefathers. If this is not in the heavenof the white man I shall be satisfied. Wi is my father. The Wakan Tanka ofthe white man has overcome him. But I shall remain true to him.

Taku Shanskan (多分神様)は、私の心に存在するし、私が没したときも共にあらん事を。さすれば、我が先祖の魂と共に。白人の言うところの「天国」とは違うだろう。Wiは、我が父でもある。白人の信仰するワカン・タンカ(宗教、神)が勝っていようともそんな事は関係ない。

 
When we first made treaties with the Government, this was our position: Our old life
and our old customs were about to end; the game upon which we lived wasdisappearing;the whites were closing around us, and nothing remained for us but toadopttheir ways and have the same rights with them if we wished to save ourselves.

我々が最初に白人政府と条約を交わした時我々の状況は、既に古い生活習慣は消え、つつあった。我々を残す為なら同じ権利を与えて欲しい。

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