先史時代のアメリカと先住民族
アジアからやってきたアメリカ人


まず第一にアメリカの歴史は、既に数万年も昔から始まっているという事。
普通はアメリカの歴史は、というと1492年のコロンブスのアメリカ大陸発見を思い浮かべると思う。
 しかし、アメリカの歴史は発見された今から500年程前どころか約、2万年から4万年前と考えられている。
ヨーロッパ諸国が、アジアを発見しようと、大航海時代の中、偶然アメリカに辿りついたり大西洋を渡り植民地を創ろうとして白人達がやってくる以前に大陸の歴史に足跡を残した民族がいる。 
最初にアメリカに定住した民族は氷河期の最後に
アジアからベーリング海峡を渡って来たという説が一般である。
そんな氷河期の時代に果たしてアジアから海を渡りアメリカ大陸に到着出来たのであろうか。。。。
実は、その頃のベーリング海峡は海ではなく陸地だった為かもしくは、海であったとしても氷河期の為、厚い氷に覆われていた為人間が歩いて渡れる状態であったと考えられている。
渡って来た民族は「
遊動民族」と呼ばれ食料や生活用品の材料となる大型哺乳類などを追って来たと考えられている。

アメリカに到着した彼等は最初はアラスカやカナダに留まっていた。 
しかし、そこから新しい世代が段々とより良い狩猟場を求めて北米大陸から南米大陸へと広がっていく。
 そして彼等の子孫が現在でいう
ネィティブ・アメリカンと総称されるインディアンとされる民族である。
 
そして、今から約一万年前に氷河期も終わり渡米してきた民族も気候が温暖化するうちに、段々と生活習慣を変化させていきその結果独自の文化が生まれる事になった。

狩猟民族から農耕民族への移り変わり

氷河期に生息していた大型哺乳類が消えた後も彼等にとって狩猟こそが生活するすべであった。
 主な狩猟の対象は鹿、パイソン、熊、ウサギなどであり、食料としては、もちろん、衣服や家の建築材としても、生活用品としても使った。
 そして、こういった動物の他にも植物の茎、根、葉、種子、木の実などの採集も行ってきたが、約9500年程前には、採集した種子を蒔き育て始める。
農耕の走りである。
カボチャ、香辛料(トウガラシ)、豆、綿などである。
 農耕が始まり、一個所に定住する民族が現れる。
岩肌に穴を穿ち、住居として住んだり、土、石、草、木の枝や、大木などを使用して家を建築する様にもなった。
 そのなかで現在もニューメキシコ州にある、伝統的なアパートメント(集合住宅)は
アドービハウスと呼ばれる、赤土と干し草を混ぜて創った日干し煉瓦を重ね積上げた集合住宅は、農耕インディアン(プエプロインディアン)のものである。
彼等は定住生活が始まると道具を作りだし布や綿を織ったり素焼き壷や、皿、ボウルなどを作る様になった。

アメリカ大陸へ渡ったアジア人達は氷河期が終わり温暖化し始めるとそれぞれの民族が自分達に合う地域を選択し定住していく。コロンブスが西インド諸島に到着する頃には、別表の様に様々な部族が存在した。
それぞれの部族はそれぞれの言語、習慣、文化を持ち、酋長中心の生活を送っていた。

 

西部開拓以前のアメリカの主な部族の生活文化圏
北東文化圏
大西洋岸の北半分から5大湖地方の東半分へかけての奥地。
モヒカン族
モホーク族
ポーハタン族
セネカ族
ヒューロン族
オタワ族
★イロコイ族
早くから白人との接触が始まる。
★イロコイ連合
オノンダガ族
オネイダ族
カユガ族
セネカ族

モホーク族

南東文化圏
大西洋の南半分からミシシッピ川までの地域。
チェロキー族
クリーク族
チカソー族
チョクトー族
ナチェズ族
セミノール族
後に白人がCivilizedと表現したインディアン達が生活していた。
大平原狩猟文化圏
カナダからテキサスのメキシコ湾岸まで
ロッキー山脈の東に細く広がる大平原地帯。
スー族
コマンチ族
アパッチ族
シャイアン族
数百万頭いたバッファロー(パイソン)の大群が主な生活資源。
簡単に移動出来るティピーというテントで生活していた。
西部劇のインディアンはこれらの部族と、アパッチ族が主。
南西荒野文化圏
現在のニューメキシコとアリゾナや、その南に
続くメキシコ北部を加えた地域。
ナヴァホ族
プエブロ族
ホピ族
ズニ族
アドビ煉瓦で住居を作り、バスケットや壷などの製作で有名。
トルコ石や珊瑚などを使った装身具の技術は他の地域にみられない。
インディアンジュエリー発祥の部族。
北西荒野文化圏
ロッキー山脈の西に横たわる山岳、盆地、荒野
砂漠の地帯からカリフォルニアを含め北は、カナダ
の西部にも及ぶ
ユート族
ショショーニ族
ネズパース族
スポーケン族
面積が広い為生活様式も様々。
狩猟と農耕を組み合わせたものが多い。バスケット製作に特色あり。
北西太平洋文化圏
オレゴン、ワシントンの太平洋岸とカナダの
太平洋岸
ハイダ族
ラミ族
面積は比較的狭いが際立った特色を持つ。その一番が、有名なトーテムポールや、各種のマスク。
サケ、マス、鯨などの漁業が盛ん。

 

忘れてはいけない
インディオのルーツと農耕文化への移り変わり
中米では、早くも5千年前には植物を栽培し始めるようになり、3千年位前になると、原産のトウモロコシが姿を見せるようになる。
同じ頃
アンデスでも植物を栽培したり、動物を家畜として使うようになった。
小麦や米と並んで世界三大穀物と呼ばれる
トウモロコシは、そのルーツを探るとメキシコとアンデスの両方だったといわれている。
 原産の粒が小さくて少ないトウモロコシが栽培され改良されていったこの二つの地域がその後アメリカ大陸古代文明の牽引力としての役割を果たす事になる。
 少し大雑把にすると、紀元前1500年頃には、この二つの地域から農耕村落文化が誕生し、紀元前1000年頃になると、それぞれに都市が発達した。
メソアメリカのオルメカ文化や中央アンデスのチャビン文化は、その中でも際立った存在である。
その後、石器時代の都市文化を築き上げたのが現在のメキシコ・シティに近い、
テオティワカン(紀元前1000年〜7、8世紀迄)である。
灌漑農耕の技術を開発して人口は8万人、最盛期には20万人といわれた壮麗な町作りは今現在も観光客を驚かせている。
 
ホープウェル文化は、現在のオハイオ川沿いに発達し、お墓とも宗教儀式をも行う場所
として考えられる
(注)マウンドを築く文化を構築した。

これに比べると北米での動きは一般に鈍いモノであったが、メソアメリカに比較的近い西南部では、かなり早い時期に洞穴の中にトウモロコシの痕跡があり、ゆるやかでは、あるが、文化伝来の痕跡を示している。
また、ミシシッピ川東部の地域では、紀元前300年頃から農耕村落が作られるようになったが、特に今のイリノイ、オハイオ地帯では農耕へ移り、
(注)マウンドが築かれるようになった。
このマウンドは、当時の文化を知る上では絶好の遺跡とされている。
中でも最も大きな発達を遂げた文化が、ミシシッピ族の文化で紀元700年から1500年まで続いた。最大の居住地は、現在のイリノイ州の東セントルイス近くに位置するカホウキアで人口は2万人にもなった。
そこに創られた寺院基壇用の塚の最大のモノは、6ヘクタールにも及ぶ。

マウンドの発掘した中の遺骨や遺品は、黒曜石などを使った装飾品などがあり、かなり広い範囲で既に交易が行われていたという事である。

ホープウェル文化
ミシシッピ族
マイアミ族
イリノイ族


(注)マウンド・・・・・土を盛り上げて作った大きな墳丘で全体の形は
            丁度ピラミッドの上の半分を切り取ったように見える。
            現在でもこのマウンドはミシシッピ川流域や東南部
            などで、かつての姿をそのままに留めている。

 

先史時代のアメリカ大陸〜開拓以前の入植の時代までの大まかな年表
年号出来事、事件
紀元前4万年氷河期始まる
紀元前3万年先住民(インディアン)のルーツがアジアからアメリカへの移住を始める。
紀元700年頃ミシシッピ文化が栄える。
紀元1000年頃ヴァイキングが北米に辿り着く。
紀元1200年頃アステック族がメキシコに定住し始める。
紀元1400年頃インカ帝国が栄える。
紀元1492年イタリアの航海士クリストファー・コロンブス、西インド諸島に辿り着く。
紀元1521年アステカ王朝(アステック族)がコルデスに侵略される。
紀元1533年インカ帝国がピサロに侵略される。

 

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