森林地帯のインディアン〜罠師と罠猟師
森林地帯のインディアン〜概説

大酉洋岸からミシシッピ、ミズーリ両川までの地域は かつては深い森林に覆われていた。
今日でも、カナダの中央平原から北極海沿岸、さらに 太平洋岸にいたる地域には、森林地帯が残っている。
この広大な緑の森に守られて、さまざまなインディアン の文化がさかえたが、このインディアンたちに共通して いたことといえば、漁や狩猟をしたり、小さな畑を耕し たりしてくらしていたことと、川や点在する湖でカヌー を使っていたことくらいである。
この森林地帯は、民族学的には、南東部、北東部、五大 湖地域、北部の4つの地域にわけられる。
このうち南東部は、大昔のマウンド・ビルダー文化が生 まれたところだがスペイン・フランス・イギリスの植 民化に最初にさらされた地域でもあった。
白人による迫害が最もひどかったのは、現在のフロリダ サウスカロライナ、ノースカロライナ、ジョージア、 アラバマ、テネシー、ミシシッピ、ルイジアナの諾州で、 この地域では、みな殺しの戦いがくりひろげられた。
このあたりには、クリーク同盟で結ばれたムスコギー 語族に属するインディアンが住んでいたが、1812年まで 続いた激しい抵抗で、アバラチコラ族、アラバマ族 タスキジー族などは、先祖伝来の土地を追われれ散り 散りになった生き残りの者たちは、クリーク族に合流 したがクリーク族もやがて同じ運命をたどることに なった。
こうした容赦のない方針が、すべての植民地でとられる ようになって、1830年から1837年の間に、ムスコギー語族に 属するチョクトー族、チカソー族、セミノール族の大半が、イロ クォイ語族のチェロキーに、乾燥したインディァン准州へと追 いたてられた。
そして、病気と飢えとあきらめから、伝統的な慣習をすてて
白人の生活様式に従っていった。
やがて、部族は「文明化した5部族」として知られるように
なった。
現在、2万人のチョクトー族、5500人のチカソー族、1万人の
クリーク族、5万人のチェロキー族2200人のセミノール族が、
250万人の白人にまじってくらしている。

ここでは、部族間あるいは白人や黒人との混血化が、広く
おこなわれてきている。
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