| 第1幕 先生と弟子の会話 | |
| 先生と弟子が歩きながらやってくる | |
| 哲学先生 | すると、君はこういうのだね?我々の見ている対象が夢でないとは言い切れない。 |
| 弟子 | そうです。こうしてわたしが先生と話しているのも、実は夢であるという可能性もあると思います。 |
| 哲学先生 | ふーむ。しかし、実際に痛みを感じるではないかね?(弟子の頭を叩く) |
| 弟子 | 確かに痛みは感じますが、しかし痛みを伴う夢があるのかもしれない。 |
| 哲学先生 | 不愉快にはならないかね?(前より強く弟子の頭を叩く) |
| 弟子 | なります。しかしそういう夢なのかもしれません。 |
| 哲学先生 | ならば、我々が眠ったときに見るのは何かね?(また弟子の頭を叩く) |
| 弟子 | (少し不機嫌に)それは、現実ということになるでしょうね。 |
| 哲学先生 | そもそも、これが夢だとすると、この夢は君の夢なのかね、わたしの夢なのかね?(弟子の額を叩く) |
| 弟子 | それは・・・・・・。 |
| 哲学先生 | 現実を夢だと言うのは、単なる言葉遊びにしか過ぎないよ君。(弟子の額を叩く) |
| 痛みを感じれば不愉快になる。それを素直に受け入れる所から思考を進めなければいかん。(弟子の頭を叩く) | |
| 弟子 | なるほど、それでは先生。 |
| 哲学先生 | んっ?何かね?(振り上げた腕を止める) |
| 弟子 | とりあえず、6回叩き返すところから始めましょう。(先生を何回も叩く) |
| 哲学先生 | あ痛っ。やめたまえ、それが師に対する態度か。痛い痛い。 |
| これぞまさしく現実の痛みだわい。 | |
| 先生と弟子退場 | |
| 第2幕 農夫と嫁の会話 | |
| 農夫と嫁が歩いてやってくる | |
| 農夫 | なんだって、あんなじいさんに名前を付けてもらわなきゃならないんだ。 |
| 嫁 | でもあなた。先生は立派な方よ。 |
| 農夫 | 立派な方、か。ふんっ。俺には何が立派なんだか分からねぇな。 |
| パン屋は確かに立派だ。あんな上手いパンは俺には作れねぇからな。 | |
| 靴屋も立派だ。あいつの作った靴を履いてれば、どこでも歩ける気にならぁな。 | |
| 服屋?ああ立派に決まってる。あいつの作った服のお蔭で、こうして外を歩けるんだからな。 | |
| で?哲学の先生?あのじいさんが何だっていうんだ? | |
| 嫁 | でも、先生のお話を聞くとね、何ていうのかしら、何か深い深いモノに触れたような気分になるのよ。 |
| 先生のお話を聞いた後には、いつも世界が素晴らしいモノに感じられるの。 | |
| 農夫 | それはお前が利発な生まれ付きだからだろうよ。産まれる子供はお前に似ればいいなぁ。 |
| 嫁 | そんな、あなた・・・・・・。 |
| 農夫 | いや、俺は本気でそう思ってるんだ。これからは利発な子でなけりゃ、世の中思うように渡れねぇからなぁ。 |
| 嫁 | そうかしら?誰からそんなことをお聞きになったの? |
| 農夫 | お前の大好きな先生の所にいる、お弟子の一人さ。 |
| 嫁 | わたしはあの人、あまり好きじゃないわ。 |
| 農夫 | ふん。お前は町の人間が嫌いだからな。 |
| おや?噂をすれば影だ。向こうから来るのはお弟子さんじゃないか? | |
| 嫁 | それじゃあなた、わたしは先に集会所に行ってますから。 |
| 農夫 | ああ、俺はあの人とちょっと話してから行く。 |
| 嫁退場 | |
| 農夫 | やあ、お弟子さん。 |
| 弟子2 | これは、めずらしい所で会いますな。 |
| 農夫 | なに、集会に行くところでね。 |
| 弟子2 | ああ、今日は集会の日でしたな。すっかり失念しておりました。 |
| 農夫 | 失念ねぇ。やっぱり町の人間は使う言葉からして違うや。 |
| ところで、あの話なんですけど。 | |
| 弟子2 | あの話? |
| 農夫 | 嫌だな、忘れたんじゃないでしょうね。金が簡単に手に入るって話ですよ。 |
| 弟子2 | ああ、その話ですか。簡単にとは言ってませんよ。 |
| 農夫 | でもあっという間に増えるんでしょう? |
| 弟子2 | ええ、上手くいけばですがね。 |
| 農夫 | 上手くいくに決まってますよ。あなた自身も増やしてるんでしょう? |
| 弟子2 | ここだけの話ですが、500倍に増えましたよ。 |
| 農夫 | 500倍!?そいつぁすげぇや! |
| 弟子2 | まぁ元のお金が少なかったので、増えても大した額ではありませんでしたが。 |
| 農夫 | もったいねぇなぁ。そこで大金出してればなぁ。 |
| 弟子2 | いやいや、欲を出せばえてして上手くいかないものです。 |
| 農夫 | うちは今、ちょっとした用入りでね。金はいくらあっても邪魔にならねぇから。 |
| 弟子2 | そう言えば、お子様が産まれるそうで。 |
| 農夫 | お子様って程のモンじゃないですがね。それより、金の話、よろしく頼みますよ。 |
| 弟子2 | ええ。お金を用意しておいて下さい。 |
| 農夫 | はいはい、用意しますとも。500倍か、500倍ね・・・・・・。 |
| 農夫退場 | |
| 弟子2 | ふぅ。ばかの相手は疲れるもんだ。しかし、ここは我慢我慢っと。 |
| あいつは、田舎から出る気もないくせに田舎をばかにしてる、おおばかだからな。ああいうのが、一番扱いやすいや。 | |
| まぁ、金もあいつん家で眠ってるより、俺に使われる方が幸せってもんだ。 | |
| まったく、いつまでもあんなじいさんの弟子なんてやってらんねぇからな。それには、1に金2に金3に金、だ。 | |
| 弟子2退場 | |
| 第3幕 2人の弟子の会話 | |
| 先生の家の研究室 | |
| 弟子 | 君はどう思う?どうもよく分らないんだよね。 |
| 弟子2 | どう思うって?ああ、現実か夢かって話か。 |
| 弟子 | うん。君はそんな風に思ったことがないかい? |
| 弟子2 | (小声で)ばからしい。こっちはそんなこと考えてる暇ねぇよ。 |
| そうだなぁ。確かに現実感の喪失という現象が我々を襲うことがあるというのは、大いに有り得ることだね。 | |
| 弟子 | やっぱり。でも、現実感の喪失ということが、イコール夢というのは飛躍のし過ぎかな。 |
| 弟子2 | (小声で)くだらねぇなぁ。これが夢だったら、とっとと目覚めたいね。 |
| ところで先生は? | |
| 弟子 | 向こうの部屋で調べものをなさっておいでだよ。 |
| 弟子2 | 調べもの?また大疑問でも浮かんだのかな? |
| 弟子 | さぁ?なんかひどく興奮していたけど。 |
| 哲学先生 | (部屋の中から)おーい。誰か来てくれ。 |
| 弟子 | はーい、ただ今。 |
| 弟子退場 | |
| 弟子2 | 幸せなやつらだねぇ、しかし。 |
| 食う当てがあれば、とっととこんな所出て行くんだけどなぁ。 | |
| (周りを見回して)ほんとに何もねぇ所だなぁ。あのじいさんが大事にしてる本も、売れそうなのはちっともありゃしねぇし。 | |
| あーあ、嫌だ嫌だ。 | |
| 弟子2退場 | |
| 第4幕 集会所 | |
| 村人全員が集まっている。 | |
| パン屋 | それじゃあ、今日の集会はこの辺で終わりにしようと思うが、何か話したい人はいるかな? |
| 農夫 | (勢いよく立上る)おうっ! |
| パン屋 | なんだ、えらく威勢がいいな。何だ? |
| 農夫 | みんなに聞きたいんだが、あのじいさんのことをどう思ってるんだ? |
| 靴屋 | じいさん?誰のことだ? |
| 農夫 | あの哲学じいさんだよ。 |
| 靴屋 | ああ、哲学先生のことか。どうもこうもねぇよ。俺は尊敬してるなぁ。 |
| 服屋 | 俺もだなぁ。先生は素晴らしい人だと思うなぁ。 |
| 農夫 | お前達、本気でそう思ってるのか? |
| パン屋 | ちょっと待った。お前は何が言いたいんだ?それを聞いてどうしようというんだ? |
| 農夫 | よくぞ聞いてくれた。俺はなぁ、あのじいさんへの心付けをやめようと言いたいんだ。 |
| 嫁 | あなた、何をおっしゃるの? |
| 農夫 | 前から疑問だったんだ。あのじいさんが何をしてる? |
| パン屋、お前はパンを作るよなぁ。あのじいさんが何を作る? | |
| 何も作っちゃいねぇ。やってるのはくだらねぇ言葉遊びさ。 | |
| 現象がどうの、現実がどうの、存在がどうの。それが何だってんだ。 | |
| 嫁 | あなたっ! |
| 農夫 | 心付けをやめるってのに抵抗があるんなら、暫くやめるってのはどうだ? |
| パン屋 | 暫く? |
| 農夫 | ああ、そうだ。俺達が心付けをやめたら、きっとあのじいさん参っちまうぜ。 |
| きっと、下らない奴だってぇ正体を曝け出すに違いねぇ。 | |
| パン屋 | ・・・・・・どうだ?反対の人はいるか? |
| 嫁 | わたしは反対です。 |
| 農夫 | 構わねぇから決を取れよ。反対の奴は起立しろ。 |
| 嫁と2・3人だけが起立する | |
| 農夫 | 決まりだな。これからじいさんに心付けをやっちゃいけねぇぞ。 |
| それじゃ解散だ。 | |
| 村人集会所を出る。パン屋と靴屋が残る | |
| 靴屋 | おい、パン屋よ。農夫の奴、出過ぎじゃねぇか? |
| パン屋 | まったくだ。今回の集会はわたしが議長だというのに。 |
| 靴屋 | 本当に先生に心付けをやっちゃいけないのか? |
| パン屋 | とりあえず、様子を見てみよう。あの先生のことだから、何とかすると思う。 |
| 靴屋 | 先生が何もしてないって言われると、その通りだからなぁ。 |
| パン屋 | うん・・・・・・。でも、本当に何もしてないんだろうか? |
| 靴屋 | どういうことだ?何かしてるか、あの先生が。 |
| パン屋 | うーん。でも何もしていないというのは、違うような気がする。 |
| 靴屋 | ふーん。まぁいいや。その内答えが出るだろ。 |
| パン屋 | そうだな。とにかく待とう。 |
| 2人退場 | |
| 第5幕 嫁と先生の会話 | |
| 先生の家の前 | |
| 嫁 | ああ、あの人はどうしてしまったというんだろう。先生がこの村へ来たときには、あんなに先生を好きだったのに。 |
| それが、心付けをやめるだなんて。 | |
| 本当に、あの人はどうしてしまったのかしら。 | |
| 哲学先生 | (家の中に向って)それでは、行ってくるぞ。しっかり片づけておくのだぞ。 |
| おや?どうしました、こんな所で。 | |
| 嫁 | 先生。わたし先生にお詫びを申し上げに参りましたの。 |
| 哲学先生 | お詫び?何かありましたか? |
| 嫁 | ええ、実は今日、集会がありまして。 |
| 哲学先生 | おお、そうであった。今日は集会の日でしたな。すっかり忘れておったわい。 |
| 嫁 | そこで、先生への心付けをやめるということに決まりましたの。 |
| 哲学先生 | ほぉ、そうですか。 |
| 嫁 | あの、あまり驚いていないようですけども。 |
| 哲学先生 | いやいや、いつかこうなるのではないかと思っておりましたよ。 |
| 逆に、今まで養ってもらったことを感謝せねばいかん。 | |
| 嫁 | 心付けをやめようと言い出したのは、うちの人ですの。だからわたしは、こうしてお詫びに。 |
| 哲学先生 | 立派な方だ、あなたは。 |
| 嫁 | わたし申し訳なくて、申し訳なくて。 |
| 哲学先生 | いやいや、お気になさらずに。 |
| ところで、そうなったのは何か理由があると思うのだが? | |
| 嫁 | ええ、うちの人が、先生は何もしていないのに、何故心付けを送らないといけないんだ、と。 |
| 哲学先生 | なるほど、なるほど。きっと、わたしのやってるのは言葉遊びだ、とも言ったでしょうな? |
| 嫁 | はい。 |
| 哲学先生 | 心付けをやらなければ、わたしが参ってしまうとも言ったでしょうな。 |
| 嫁 | はい。 |
| 哲学先生 | 反対したのは、あなたを含めて3・4人で、あとの人達は黙ったままだったでしょうな。 |
| 嫁 | はい。あの、よくお分かりになりますのね。 |
| 哲学先生 | なに、下らない言葉遊びをしていたお蔭でしてな。 |
| 言葉遊びの効用は、見ていないもの見えないものを、見ることができるという事ですかな。 | |
| 嫁 | 先生は、どうなさるおつもりです? |
| 哲学先生 | さぁて、どうしたもんでしょうな。 |
| 嫁 | こっそり心付けをお運びいたしますわ。 |
| 哲学先生 | いやいや、それが農夫に知れたら、とんでもないことになるでしょう。 |
| なに大丈夫ですよ。わたし達は大丈夫です。 | |
| 嫁 | でも先生・・・・・・。 |
| 哲学先生 | わざわざありがとう。どうぞご心配なさらぬよう。本当に大丈夫ですから。 |
| 嫁 | 何かわたしに出来ることがあれば、いつでもおっしゃって下さいね。 |
| 哲学先生 | ありがとう。 |
| 嫁退場。先生は腕を組んで考え込む | |
| 弟子2 | おい聞いたか、今の。 |
| 弟子 | うん。なんだかえらいことになったみたいだ。 |
| 弟子2 | 心付けがなくっちゃ、食っていけないぞ。 |
| 弟子 | うん。でも先生なら、なんとか。 |
| 弟子2 | おめでたい奴だな、お前は。あのじいさんに何が出来るってんだ。 |
| 弟子 | じいさんて、君・・・・・・。 |
| 弟子2 | ふんっ。食えねぇと分かったからにゃ、あんなじいさんを先生なんて呼べるかってんだ。 |
| 弟子 | 君は・・・・・・。 |
| 弟子2 | 金の切れ目が縁の切れ目ってこった。言葉遊びで腹が膨れるわけもねぇだろうが。 |
| 弟子 | それは・・・・・・。 |
| 弟子2 | まぁいいさ。お前はじいさんのことが大好きみたいだからな。一緒に死ねれば本望だろうよ。 |
| (小声で)ちっ。こうなったら早いとこ、金を回収して逃げるが勝ちだ。 | |
| 弟子2退場 | |
| 弟子 | どうしたというんだろう、みんな。こんなことをして、何が面白いというんだろう。 |
| 確かに言葉遊びでは腹は膨れないけど・・・・・・。 | |
| 先生のなさっていることは、本当に役に立たないことなんだろうか? | |
| では、こう考えてみよう。先生のなさっていることは、何かの役に立っているか? | |
| ・・・・・・分らない。 | |
| 先生が部屋に入って来る | |
| 哲学先生 | おや、どうした? |
| 弟子 | あいつは出て行きました。食えないなら、ここにいても仕方無いと。 |
| 哲学先生 | なんだ、聞いておったのか。 |
| 弟子 | 先生、教えて下さい。先生のなさっていることは、本当に役に立たないことなのでしょうか? |
| 哲学先生 | ふむ、君はどう思うね? |
| 弟子 | 考えてみたのです、役に立っているのだろうかと。でも、でも・・・・・・。 |
| 哲学先生 | では、こう考えてみてはどうかね?役に立っているとはどういうことなのか? |
| 弟子 | それは、他のモノのために何かをしているということです。 |
| 哲学先生 | ふむ。例えばだ、君は目はいいね? |
| 弟子 | はい。 |
| 哲学先生 | ということは、眼鏡屋は、君にとって役に立っていないということになる。 |
| 弟子 | はい。 |
| 哲学先生 | しかし、世の中には眼鏡をしなければいけない人もいる。 |
| 弟子 | はい。 |
| 哲学先生 | 目の悪い人にとっては、眼鏡屋は役に立っている。そうだね? |
| 弟子 | 分りました、先生。役に立つというのは、他人が決めることではなくて、 |
| 哲学先生 | 違う。 |
| 弟子 | えっ? |
| 哲学先生 | 役に立つ、立たないを決めるのは、あくまで他人だよ、君。 |
| しかし、それはあくまで、その人にとって役に立たないという事であって、誰にも役立たないということではない。 | |
| わたしは農夫にとっては役に立たない存在かもしれない。しかし、それはわたしが何の役にも立たないということじゃない。 | |
| 弟子 | 分りました。 |
| それでは先生。逃げたあいつが言っていた、言葉遊びでは腹は膨れないというのは・・・・・・。 | |
| 哲学先生 | そうかね?それでは今まで食べてこれたのは、何のお蔭かね? |
| 言葉遊びに、村人が心付けをくれたからではないのかね? | |
| 弟子 | そうでした。 |
| 哲学先生 | そう心配せんでよろしい。何とかなるものだよ、世の中は。はっはっはっ。 |
| 服屋が駆け込んで来る | |
| 服屋 | 先生!大変です! |
| 哲学先生 | どうした?ズボンの代りに穿けるシャツでも頼まれたか? |
| 服屋 | そいつは、困りますな。でも違います! |
| 哲学先生 | それでは、シャツの代りに着られるズボンか? |
| 服屋 | そいつも難しいですな。でも違うんですよ! |
| 哲学先生 | 違うのか?うーむ、それでは、 |
| 服屋 | こんな事やってる場合じゃないんです!農夫が自殺を! |
| 哲学先生 | 何だって!?葬儀はいつだ? |
| 服屋 | いや、まだ、 |
| 哲学先生 | 身投げか?入水か?いやいや、刃物で首をばっさりということも。 |
| 服屋 | まだ死んでませんよ! |
| 哲学先生 | 何?まだ? |
| 服屋 | 水車小屋の屋根に上って、飛び降りようとしてるんです。 |
| 哲学先生 | あの屋根は高いぞ。落ちたら死んでしまう。 |
| 服屋 | だから、大変だと言ってるじゃないですか。 |
| 哲学先生 | ええい。こんな事をやってる場合か。急いで行かなければ。 |
| 3人退場 | |
| 第6幕 農夫と先生の会話 | |
| 水車小屋を村人が取り囲んでいる | |
| 服屋 | あれです、先生。 |
| 哲学先生 | ほぉ、上っておるなぁ。 |
| パン屋 | おお先生。どうしたらいいんでしょう、我々は。 |
| 哲学先生 | そううろたえないことですな。まずは落ち着きましょう。 |
| パン屋 | これが落ち着いていられますか!? |
| 農夫 | 下の奴はどけぇ!当って怪我するぞぉ! |
| パン屋 | ほら、先生!ああっ、落ちる落ちる! |
| 哲学先生 | 原因は何なんです? |
| パン屋 | なんでも、先生のところのお弟子さんに騙されたとかで。あっ危ない! |
| 哲学先生 | ほぉ。それでは放っておくわけにもいきませんな。 |
| パン屋 | 早くお願いしますよ。うわっ、立上った! |
| 哲学先生 | おぉい。聞こえるかぁ。 |
| 農夫 | 哲学のじいさんか。お前の弟子のせいで、俺は破産だぁ。 |
| 哲学先生 | 何の話か、ちっとも分からんのだが。説明してくれるか。 |
| 農夫 | お前のとこの弟子が来て、こう言ったんだ。 |
| 金があっという間に増える話があるんだが、どうだ。ってな。 | |
| 初めは胡散臭いと思ったんだが、どうも話が本当らしく思えてきてな。 | |
| 何度も話を聞いたが、聞くたびにこの話は本当だと思うようになった。 | |
| ちょうど子供も産まれるし、子供は金がかかるモノだしな。 | |
| 哲学先生 | それで、ついさっきあいつにあって、至急金を用意しろと言われたのか? |
| 農夫 | な、なんで知ってんだ!? |
| 哲学先生 | なに、あいつがわたしの所を飛び出したからだよ。 |
| 農夫 | 何!? |
| 哲学先生 | わたしの所には心付けが来ないことになったんでな。あいつは逃げたんだ。 |
| 農夫 | ・・・・・・。 |
| はっはっはっ。それじゃあ、なんだよ。全部自業自得じゃねぇか。 | |
| じいさんよぉ。心付けをやらないようにしようって決めたのは、この俺だぜ。 | |
| 哲学先生 | 知っておるわ、そんなことは。 |
| 農夫 | 何だ知ってたのか?さては、うちの奴だな。 |
| 嫁 | あなた、やめて下さい。下りていらして。 |
| 農夫 | お前には悪いと思ってるよ。お前の言うことに逆らったら、この様だ。 |
| パン屋 | (小声で)先生、大丈夫なんでしょうな? |
| 哲学先生 | (小声で)話をしている間は大丈夫だろうな。 |
| 話が途切れたり、あいつを興奮させると、落ちてしまうかもしれんぞ。 | |
| パン屋 | (小声で)分りました。 |
| おおい、聞こえるかぁ。 | |
| 農夫 | 何だ?パン屋か? |
| パン屋 | そうだ。金を渡したって、一体いくら渡したんだ? |
| 農夫 | 全財産さ。本当に一文無しになっちまったんだよ、俺は。 |
| パン屋 | またやり直せばいいじゃないか。 |
| 農夫 | どうやって?来年撒く種だって、買えないんだぜ。 |
| パン屋 | 我々が力を貸すよ。 |
| 農夫 | そんな迷惑は掛けられねぇよ。みんな、そんな金持ちでもねぇだろうが。 |
| 哲学先生 | お前が死ぬ方が迷惑なんだぞ。 |
| 農夫 | ああ、後片付けか。そいつは悪いとは思うけどな。 |
| 弟子が農夫の横に現れる | |
| 弟子 | 違いますよ。 |
| 農夫 | わっ!おどかすな! |
| 弟子 | あなたが死んだら、誰かがずっと迷惑するんです。 |
| 農夫 | 何っ!? |
| 弟子 | 例えばパン屋さんです。 |
| あなたから材料が買えなくなったら、町まで行って高い材料を買わなきゃいけません。 | |
| そしたら、当然パンも高くなりますよ。みんな今以上にお金が無くなります。 | |
| 農夫 | ・・・・・・。 |
| 弟子 | お金だけじゃないですよ、勿論。 |
| 奥さんとこれから産まれる子供は、どうなるでしょう。 | |
| 分りますよね。 | |
| 農夫 | ・・・・・・。 |
| 弟子 | みんな、誰かの役に立ってるんですよ。だから勝手に死んじゃいけないんです。 |
| 農夫 | ・・・・・・。 |
| 弟子 | さっ、下りましょう。みんなも首が痛いでしょうし。 |
| 弟子と農夫、水車小屋から下りる | |
| パン屋 | おや?下りるようですよ。 |
| 哲学先生 | (小声で)あいつめ、いい所を持っていきおって。 |
| 弟子と農夫、みんなの所へやって来る | |
| 農夫 | みんな、騒がせて済まなかった。 |
| 嫁 | あなたっ!(抱き着く) |
| 農夫 | 済まなかった、済まなかった。 |
| 嫁 | お金なんてなくなったって大丈夫よ。また頑張りましょう。 |
| 農夫 | そうだな、一生懸命働こう。 |
| パン屋 | やれやれ、とにかくよかった。金なら心配するな。 |
| 農夫 | ありがとう。 |
| 靴屋 | 貸すんだからな。そのうち返せよ。 |
| 農夫 | 分ってるよ。 |
| 先生・弟子・農夫・嫁・パン屋を残して村人退場 | |
| 農夫 | 先生、済みませんでした。 |
| 哲学先生 | なに、これの機転のお蔭でな。(弟子の頭を叩く) |
| 嫁 | 本当に、素晴らしいお弟子さんですわね。 |
| 弟子 | いえ、先生の教えの通りにしたまでですから。 |
| 哲学先生 | いやいや、なに、そうかね?(弟子の頭をバシバシ叩く) |
| 農夫 | あっ、そうだ心付けをやめたの、取り消さないと。 |
| パン屋、みんなを集めてくれ。 | |
| パン屋 | いや、その必要はないだろ。 |
| 農夫 | 何でだ? |
| パン屋 | あの時に決を取ったのはお前だろ。議長のわたしじゃない。 |
| だから、あれは初めから無効なのさ。 | |
| 哲学先生 | はっはっはっ。君もなかなか、言葉遊びが上手くなったな。(パン屋をバシバシ叩く) |
| 一同笑いながら退場 | |