タイ・バンコク
 

 11月の中旬に友人から「バンコクへタイ式マッサージに行こう。」と、誘われて実現した旅。行くのは12月、忙しいけどいいか、と思って出かけた。

                      王宮寺院の屋根

 

 タイは日本の国の約1、4倍の広さに、人口は約半分。バンコクには900万人ぐらいが生活しており、地方から出てきた人口に数えられない人も多くいるという。日本の駐在員もたくさん生活している。

 バンコクの人は、三食とも外食が多くそのため朝早くから屋台が開いている。

又物凄い車の量で排気ガスは蔓延している。タクシーのほとんどがトヨタかローラー。

 仏教国で国民の95パーセントが仏教徒で信仰心が厚い。

国民の80パーセントが農業に従事し、米がよくとれる。雨期に米作りをし、他の季節は野菜、果物を作っている。

 気候は大きく分けて三つに分かれ、3月下旬から5月上旬が乾期だが気温も高く酷暑の時期、5月下旬から10月初旬は雨期で蒸し暑い、10月下旬から3月上旬までが過ごしやすい季節である。熱帯に属し、一年を通じて気温は高く暑い。ミャンマー、ラオス、ベトナム、カンボジア、マレーシアと国境を接した王国である。

 

◇12月17日(水)1日目

 

 集合が午後6時、関空に着くとカウンターでチケットを貰い、簡単な説明を受ける。荷物を預け、お金を両替し、搭乗口へ行き時間の来るのを待つ。

この便はロスからの乗り継ぎ便らしく、満席で午後8時5分に飛び立つ。

 バンコクまでは時差2時間、飛行距離約4035キロメートル、飛行時間6時間である。

 バンコクのドン・ムアン国際航空に定刻に着き、第1ターミナルに並んでいると、「貴女方は第2ターミナル」だと言われ、第2ターミナルで又並び直し入国する。外に出るとお腹がパンパンの太鼓腹の男性ガイドが待っていてくれた。メンバーが分からないので、私たちが一番最後だったらしい。バスに乗り込むと総勢25名、成田組み二人がもう着いてホテルにいるという。

 ホテルはバンコク1高層のホテルで、何処からでも分かるという。

ロビーが18階、部屋が27階、食堂が78階であるからいつも一旦ロビーに下りてエレベーターを乗り換える。

ホテル着も日付が変わり、簡単に明日の用意をして眠る事にした。その点5連泊なので楽である。

 

◇12月18日(木)2日目

 

 9時半出発で観光開始。先ずは船着場まで行き、メナム川遊覧。両岸には水上生活者の家が並び、寺院が見え、王様の船着場が見える。暁の寺も水上からの見学。川の水の色は泥水のような色である。お寺の前の魚は捕ってはいけないことになっているから、よく肥った鯰が泳いでいる。

小船でドリアンを売りに来る。丁度食べ頃のドリアンである。

船着場の植木鉢入れが面白いから

メナム川の水上生活者の花

 大理石寺院(ワット・ベンチャマボビット)は床も壁もイタリアから運んだ大理石から出来ているのでその名が着いた。ラマ五世が1899年に建立した比較的新しい寺院である。

 ラマ五世が仏門に入ったとき、各国からお祝いの仏像が贈られ、それが回廊に並んでいる。それぞれのお国柄が出ていて面白い。パキスタンは苦行仏、日本はハスの台座のハスの花びらが大きいなど。

 タイの学校は寺院の中にあり、午前托鉢から帰ったお坊さんが子供達に勉強を教えている。先生もここまで出張してくる。タイの多くは共働きなので、お寺に子供を預けると安心できるからとか。きちんとした学校もあり、商業学校の隣が競馬場になっていた。

 タイは賭け事は禁止されているが、競馬とキックボクシングは許されている。それぞれしないに二ヵ所あり交互に行われるそうだ。

 昼食後、お買い物ツァーになる。今日は宝石店、タイシルクの店それに漢方薬店である。買う積りが無いので一通り見て、店のベンチに座って時間が来るのを待った。

 今晩の夕食はタイ舞踊ショウを見ながらタイ料理である。

 オプション(ニューハーフショウ)は申し込まずそのままホテルに戻り、マッサージを受ける事にした。マッサージが主目的だが、気持ちがいい。

 先ほどの泥水のような川水を側溝から引き込み、水道局で浄水して水道水として使われている。私たちは絶対に飲めないし、氷も駄目である。

 

◇12月19日(金)3日目

 

 バークロン市場という青果市場と花市場に行く。所狭しと花が売られありとあらゆる食材がある。ドラゴンフルーツを1つ、バラの花束50本入りを買う。

花市場

青果市場

ウォーターアップルまたはランブとも言う。ホテルではうす緑が。

 

青果市場ではよく熟れた赤いのが売られていた。

 

花市場では店の人がジャスミンや蘭の花などを使いリースを作っている。これは魔除けのリースで、車などにぶら下げるものだそうだ。私達の乗っているバスにもぶら下がっている。

 王宮の中に入ると非常に広く、見学者も多い。タイ独特の寺院で全てが金色である。クメール時代から今日至る様子が建物でわかる。

仁王様も日本のとは全く違う、どこかおどけたようなサルのような顔である。この仁王様が仏様を守っている。

仏塔を支える守護神の像

エメラルド寺院の仏像

ラマ五世博物館

王宮の中にある建物で、王宮の中にはこのようなエメラルド寺院(エメラルド寺院は王室の守護神として作られた。)や、博物館、1782年に建設された宮殿がある。他にも即位式の建物、ラマ五世の地博物館などがある。

武器なども展示されている。

 エメラルド寺院の仏像は、1000年前スリランカから400年の空白時代があり、(このときは全身金箔で塗られチェン

マイにあり)ラオスを経て、タイへと帰ってきた。今も国王は自ら仏像の衣装を暑期、雨期、乾期と衣替えをする。

 ワット・ボー(涅槃寺)の仏像は又大きく、全身金色である。1793年ラマ一世によッて建立され、仏像の大きさは何と49メートルもある。

 王宮の中を歩いていると中国製の石の像がたくさんある。これはタイから米を中国に輸出し、その代わりに陶器を買い、バランスを取るためこの石の像を持ち帰り各寺に配ったものという。現代的なものもある。

 庭には蘭や沙羅双樹の花が咲いている。

沙羅双樹の花

沙羅双樹の蕾

 昼食後ラマ五世のヴィマンメーク宮殿の観光。この宮殿はチーク材で造られ、ラマ五世がヨーロッパに留学した影響で、ナイフとフォークが使われるようになった。それまでタイの人は手で食事をしていた。元々は女王や王女の宮殿だったが、ラマ五世もここで6年間を過ごした。

宮殿の中は応接間が多く、人数によって使い分けていた。又ピンク、ブルーと色分けされた部屋がある。

 今日のお買い物ツァーは免税店。買う物が無い。店員が脹れ顔で仕方なくコーヒーと紅茶を買う。品物は空港で受け取ることになっている。今日持って帰ることが出来れば帰るとき荷物にならないのに、マァ仕方ないか。

 トウクトウクという三輪自転車に乗る予定だったが何しろ車の数が多すぎ、危険という事で取止めになった。一旦ホテルに戻り休憩を取って夕飯に出かけ、帰りにカオサンロードのナイトバザールに行く予定だが、渋滞に巻き込まれ30分ほどしか休憩時間が無い。今夕は「オカトン」というタイのお粥だっので夕食をパスして、持ってきた五目飯を食べる事にした。マッサージに行くのに時間がもったいない。

ホテルのマッサージ室の造花の飾り物、よく出来ている。

 今晩はアロママッサージと、フェイスマッサージをしてもらう。あまりの気持ち良さに眠ってしまったぐらい。

 それに今晩のお風呂も昨日買ったバラを浮かべてのお風呂。でも日本のバラと違い刺が無く、匂いも薄い。普通だと50本のバラだとすごい芳香がするのに。

 今晩は花火も上がっていた、よく見え綺麗だった。

 

◇12月20日(土)4日目

 

 フリータイムの日である。友人があらかじめ聞いておいてくれた店にマッサージ、食事に行く事になっている。

 午前中歩いて伊勢丹へ買い物に行く。伊勢丹でイエメンで知り合った人が写真展をしているのでそのお土産を買い、私たちも少し買い物を楽しんだ。私はシルクとカシミヤ混紡のストールでマネキンはジーパンの上にスカートのように巻きつけてあった。今はクリスマス商戦でバーゲン中。

 時間をみるといい時間になっていたので、パンとグァバを買い一旦ホテルに荷物を置きに帰る。

 舗道は所狭しと露店が並び、人一人が歩くのがやっとのような道である。よくもまぁこんなに店も出、人もいるものだと思う。これでは「スリに気をつけよ」も頷ける。埃と喧騒の中、それに加えて排ガスである。

 ホテルで予約をしてもらい、困った時にタクシードライバーに見せるメモも書いてもらってマッサージ店に行く。日本人駐在員がよく利用するマッサージ店である。私の隣の男性、カーテンで仕切ってあるがすごい鼾をかいている。携帯が鳴り、話が終ると又鼾でよほど気持ちがいいのだろう。私も気持ちが良かったが。ホテルに比べると時間は倍だし値段は半分である。

 帰りは又紹介してもらったレストランへタクシーで行く。

 しゃぶしゃぶを食べたが、具はチョイスするらしく適当に選んだが地元では少なかったらしい。でもお腹が苦しくなるくらいで、勧められたお粥は断った。お勘定をしてもらうと何と安い事、感激である。今回けちけち旅行をしているので。

 お腹も一杯になったことだし、腹ごなしに歩いて帰ることにした。歩いても20分、タクシーに乗っても20分というほど渋滞なのだ。街は2004年のカウントダウンのイルミネーションの綺麗な事。

 ホテルに着き、一服してから今朝買ったグァバを食べる事にした。熟していなかったのか不味い、二人とも食べるのを辞めにし、他の果物とお茶で今日は終わり。

これがグァバの実とホテルの朝食の時に出ているジュース

 

◇12月21日(日)5日目

 

 アユタヤの観光。

 アユタヤは日本とも関係が深く、御朱印船で山田長政も来、日本人街もあったところ。船着場にはその関係者の土産物店がある。

 アユタヤ王朝の復元船というが疑問である。小船でよく揺れる。川には渡し舟も往来している。

タイ式と中国式のお寺

 川から見えるタイ式と中国式の混合したお寺。

中国から来た花嫁に、アユタヤの王が「ここまで遠路来たのだからもう少し来ればよいのに」と冗談を言って、迎えの用意していたら、それを聞いた花嫁が、「こんなに遠くに来たのに迎えにも来ない」と自殺した。

それを聞いた国王は非常に悲しみ、花嫁のために中国式のお寺を建てて祀ったという。

 タイの人は日曜日にお寺参りをする人が多く、9ヶ所参りをするんだそうだ。それだけタイにはお寺が多いということ。お寺にはお参り4点セットが売られている。蝋燭のように人生を明るく照らし、線香の煙のように長く続き、ハスの花で天国にいけますようにと祈る。喜捨で金箔を張ったり小銭を賽銭入れに入れる。

アユタヤの遺跡と菩提樹に絡まれた仏像 この仏像のお顔も時間の問題で見えなくなりそう。

 今日は日曜日なので物凄い人である。

遺跡はクメール様式で、その上にタイの様式がのっている。

土台はレンガを積み重ね、その上に木造の建物があったがビルマとの戦争に敗れ焼失した。又壁際には首の無い仏像が並んでいる。これは泥棒の仕業。欧米人に売るため首を切り取ったらしい。仏像は砂岩なので簡単に切り落とせる。

タイの仏像は東、日の昇る方向に顔が向くように立てられている。

 今日のお買い物ツァーは街の中心にあるブランド店。ここは前に来たので外のベンチに座って皆を待つことにした。

 今日はホテル近くのマッサージ店でマッサージをしてもらう。

マッサージ三昧だったが、ホテルは高いが清潔である。フリーで行った所が一番上手だったように思う。今日のところはまぁまぁという感じ。

 

◇12月22日(月)6日目

 

 モーニングコール5時、5時30分に自分で荷物をロビーに運ぶ。

朝食を済ませてロビーに来ると、昨日のうちに精算を済ませておいたマッサージ代金が未納だという。伝票がない、ホテルで調べると18日にしたマッサージ代金が2人のところ1人分しか計算していなかった事が分かる。ホテルのミスである。皆を待たせているので気が気じゃなかった。

 空港へ行き、免税店での買い物を受け取り、搭乗口に向かう。

定刻の8時20分の飛行機に乗り、一路帰国の途に着いた。

関空にも定刻に着き、マッサージの旅は終った。

 

アユタヤのレストランの前に咲いていた花、ブーゲンビリアと蘭

 

 数年前タイは欧米のヘッジファンドにやられ、タイバーツが下がり、大変な目にあっているが今回来てみてすっかり復興したのが良く分かった。

又テレビで見るタイは屋台と農村風景で、こんなに大都会で活気にみちているとは想像していなかった。

街は建築ラッシュでどんどん大きなビルが建とうとしている。それだけ経済力がついているということだ。

 面白い話を一つ。

タイは公務員天国の国。給料は民間に比べ初任給のベースも低く昇給もそれに応じて少ないが、福利厚生がとてもいい。公務員になると家族の医療費が全部見てもらえる。これは妻の親もである。だから娘に公務員との結婚を勧めるが、安月給が嫌さに結婚したがらない。又息子も公務員の給料は安いのでなり手が少ないそうだ。だが将来的に見ると終身医療費や年金がいいので、若い時の苦労は買ってでもするほうがいいらしい。 

 

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