ベトナム

 

 今回2002年2月16日から26日までの、「絶景・ハロン湾と古都フエ・ベトナム周遊の旅」というのに参加した。

 関空からベトナムのホーチミンまでは約6時間である。冬の日本から6時間で夏に一変する。そこから国内線に乗り換え、首都ハノイまで行く。ハノイは政治、経済の中心都市。

 今回の旅はハノイを中心とした北部、フエの中部、経済都市ホーチミンの南部を周る旅であった。

  ベトナムの旅はやはりはロン湾であろう。5時間のクルーズでハロン湾を観光した。龍が降り立ち、侵略者に襲いかかり、その跡が今見る景勝の地になったという。垂直に切り立つ島、アーチ型の島、頂上に寺のような建物がある島、本当に多くの島々から成り立ち、エメラルド色の海と申し分ない景観である。

    

 

                          ハロン湾

  この島々は伝説はともあれ、石灰岩で出来ており、北端は中国の桂林までのびているという。

 ここに「天国の門」という鍾乳洞があるが、石灰岩なんだから長い年月で出来たのであろう。鍾乳洞は人工的に手が入り今ひとつであった。

 クルーズをしながらの昼食は、新鮮な海の幸である。

 ハノイから空路で一時間あまりで中部最大の商業都市ダナンに着く。

 ダナンから70キロの所にあるチャンバ王国のミーソン遺跡に行く。ダナンを出る時は曇り空だったが、ミーソンに着くと雨である。丁度中部地帯は雨季が終わったとこなので、山はまだ雨が降っているという。

 ミーソン遺跡はアメリカ軍の空爆により、80%が破壊され、残存しているものは少ない。ヒンドゥー教の影響が濃く、シバ神を祀っている。苔むした遺跡は、2世紀から15世紀に栄えたチャンバ王国の聖地であった。今は植林と、自然の力で元のジャングルに帰りつつある。

チャンバ遺跡

 ホイアンに戻り、伊勢うどんが起源ではないかという名物のカオラウうどんを食べる。

     カオラウうどん                  ホテルの朝のうどん

 

午後からはシクロという人力車に乗って、「海のシルクリード博物館」へ。此処は日本人が16世紀頃に、此処で貿易などをしていた所。「日本人街」が残っている。昔の太い梁の日本建築がまだ残っている。昔は道路2本をはさんで、入口、出口と繋がっていたが、今はその様な家は殆ど無くなっている。古い昔の地図には、整然と区画された家々描かれ見ることができる。現代はフランス植民地時代に建てられた、黄色い家が点在している。

 ベトナムの鎖国政策により日本人は本国に帰ったが、残った中国人は今も此処で生活している。

 

     英楽花              大輪のピンクの花 名前はわからない

 「チャム王国博物館」の前にはチャンバと言う綺麗な白い花が咲いている。博物館内はヒンドゥー教のシバ神を展示しているが、冷房設備が無いので、自然の風を取り入れ、自然に近い展示である。

 楽しみにしていた「古都フエ」に向かう。フエに行くにはハイヴァン峠という峠を越える。この峠自体は標高(600m)は高くないが、霧がよく出るため難所になっている。又この峠が北部と中部の分岐点である。

 フエに着き、フエは古都だけに昔の皇帝の廟が多く残っている。中国の影響も大きく、紫禁城を真似た「阮朝王宮」、「フエ王宮博物館」などを見学する。「阮朝王宮」などは広い庭園に、建物があり、当事の図書室は芸術大学に、「フエ王宮博物館」も敷地内にある。

 今夜は貴族になり、貴族の衣装をまとい宮廷料理を楽しむ。勿論宮廷音楽付である。

      

 宮廷料理とビールの種類

 

 隣国ラオスから香木が運ばれ、貿易の中心だったのがフォン川、香川という字を当てる。

 この川をドラゴンボートに乗ってゆったりと川縁の景色などを見る。見ている分には長閑な水上生活者や、川縁の農民の生活は苦しい。 フエのシンボルとなっている八角形の塔がある「ティエンムー寺」から見学が始まる。今日は寺、廟参りの日である。

 この寺は南ベトナムの仏教弾圧に抗議し、お坊さんがサイゴンまでオースチンで乗り付け、焼身自殺した寺で今もそのオースチンが展示してある。

 今は花が咲き乱れ長閑な寺である。

    

    ジャックフルーツ        ペーパーフラワー白と紫が同じ株で咲く

 

 「ミンマン帝廟」、「トウドルク帝廟」、「カイディン帝廟」と見学。皇帝になると、風水を取り入れ、在位の間に自分の廟を造るのである。在位が長ければ立派なものができる。廟には文官、武官、馬。象などの石像で皇帝を守るようにしてある。そしてその石像は皇帝より小さく造られている。

 又皇帝にも個性があり、ミンマン帝は五百人の妻と143人の子宝に恵まれ、カイディン帝はこよなく詩歌や釣を愛し、トウドルク帝はフランスナイズされた人。

 いよいよ最後の観光地、ホーチミンである。空港は故郷でテトを祝った人達でごった返している。涙の別れである。

 ホーチミンは社会主義国かと思うくらい、活気に満ちている。此処でのガイドはドクさんと言う大学教授。話が非常に上手で面白い。

ベトナムの表の部分、裏の部分などを聞かせてくれた。

 ホーチミンの観光で、「戦争犯罪博物館」を見る。展示されている写真は、目を覆いたくなるような残酷な拷問の写真である。

 ベトナム戦争で一番激しかった所、クチ。今は観光用に、当事のクチトンネルや、罠などを見ることが出来る。所々に大きな穴がある。チャンバ遺跡でも見たが、アメリカの空爆で出来た穴である。クチは村民が一丸となって結束し、守り抜いた所だ。

 トンネルの中は、迷路のようになっており、中腰でないと歩けないほど低く、狭く細いトンネルだ。彼らの主食にしていたのがタロイモとキニーネのお茶。

 市内に戻ると、「統一ホール」というのがある。此処は世界からの賓客が来たときに使われている。屋上に上がると、風通しもよく市内が良く見える。

 最後がメコン河クルーズ。ミトーというメコン河の船着場まで行き、此処で一番大きなタイソン島に渡る。この島は果樹園になっており、南国の果物が沢山なっている。

      

   ミルクフルーツ           ジャックフルーととドラゴンフルーツ

 

 支流を漕ぎ手も入れて6人乗りの細長い小船で、ちょっとしたジャングルの気分を味わう。毒蛇と鰐のオッカケッコですよ、といわれていたがそんなことも無かった。

 昼食はメコン河で取れる、エレファントフィシュという魚をから揚げにし、ライスペーパーに包んで食べる。それと甘いお餅をサッカーボールぐらいに揚げたものを食べやすい大きさに切ってくれる。

 

   エレファントフィシュ                揚げたお餅

 

 ベトナムの母なる河メコン河は、中国のチベット高原からラオスとタイの境を流れ、カンボジアを経てベトナムに流れ来る。実に4500mの長さである。水の色は青い清流かと思っていたが、コーヒーミルク色をしている。

 ベトナム語になった日本語もある。

 バイクはホンダ、従ってスズキのホンダ、カワサキのホンダ。化粧品は資生堂、貼り薬はサロンパス、日本女性はおしん。ベトナムはカカァー殿下の国、日本女性に憧れているとか。でも皆良く働く国民である。

 まだ戦争の傷跡を多く残しているのが感じられました。

 

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