イラ

 

    

 

 2001・4・5〜4・16迄イランを訪ねました。

 イランは民族的には我々と同じアジア人である。

シーア派のイスラム国家。シーア派のモスクは青を基調にしたモスクが多く、国も広く見るべき遺跡もたくさん残っている。

 先ず私たちはイラン航空で北京を経由してテヘランに入り、観光が始まった。

 イランは今はイスラム教ですが、元々は拝火教でヤスドではゾロアスター教の寺院や鳥葬の後が残っている。

 首都テヘランは4000m級のアルボルズ山脈の麓にある高原都市。普段は車も多く排ガスで見えないアルボルズ山脈が、イランのお正月明けに行き当たり見ることが出来た。

 

★2日目から観光開始である。

先ずは元イランの国王ハーレビ国王の宮殿を見学する。

広い敷地内には11の宮殿があり、そのうちの2つが見学コース。緑の宮殿、白の宮殿がある。

宮殿は新緑が美しく、遠くのアルボルズ山脈がまだ雪が残っている。

また宮殿内は目も眩むばかりの豪華絢爛。

ボヘミアンガラスのシャンデリア、フランス製の家具、部屋一杯に敷き詰められた絨毯。金と銀を織り込んだカーテンなど。

 

★3日目はケルマンシャーへ飛行機で移動。

 イラン西部の街で1630mの高原都市。紀元前4世紀まで遡り、ペルシャとバグダッドを結ぶ『王の道』の中継地として栄えた。発展と共に異民族の脅威にもさらされた。

 ターキブスタン遺跡は紀元3世紀から7世紀のササン朝時代のもの。『楽園のアーチ』を意味するペルシャ語。イスラムが入る前のゾロアスター教の遺跡。ローマ帝国を倒した時の模様、象に乗って狩をする姿などがレリーフに彫られている。又それぞれの王の武勇伝、王位継承なども彫られ、アーチの中にあるので傷みは少ない。

 丁度イランのお正月アシュラムの祭りで、閉館時間が一時間遅くハマダーンのアヒザンナの廟を見る事が出来た。

バザールではイランのお菓子、青いアーモンドの実等を試食した。青いアーモンドに塩を少しまぶして食べる。

又焼きたてのナンは美味しい。

★4日目カシャーンへ

カシャーンへの途中にあるのが宗教色の濃いコムという町。コムはシーア派の聖地で、9世紀に亡くなった八代目イマーム、レザーの妹の廟がある。廟内には異教徒は絶対には入れないが、廟の周りを歩くと非常に美しい廟である。

写真はファティマの廟→

 

 地を這うような霧が出、カシャーンの『王の庭』も滑り込みセーフで見学が出来た。16世紀のサファビー朝の王様ファタリーシャーの夏の離宮。山から水を引き、冬は暖かく夏は涼しい。シャー庭園ともいう。池と水路があり、池には庭園の緑が映え、典型的なペルシャ庭園。

 今日の最後がアガリ・モスク。ドームにはタイルが張られていないが、2本のミナレットにはタイルが張られ、モスクの入口には幾何学模様が綺麗。

★5日目ヤスドへ

 途中ナインという町に立ち寄り、八世紀のジャーメ・モスクを見る。漆喰とレンガで造られ、ミハラブの横のミンバルは木製。夏は地下で、冬は階上で礼拝をする。

 ヤスドはイランの中央に位置し、乾いた風と強烈な陽射しの砂漠都市。ゾロアスター教の街。今も信者がいるという。

←『沈黙の塔』

2千ね前からのゾロアスター教の墓場。鳥葬である。勿論今は禁止されているが、登って見るにはかなり急な坂を上がらないと行けない。ここから見る景色は荒涼とした土漠と岩山。

★6日目 カビール砂漠を走ってシラーズの街へ。

 パサルガタエという2500年前のアケメネス朝最初の首都。今は野原の真中にキュロス一世の棺があるだけの遺跡。

 やっとバラと詩人で有名なシラーズに着く。

★7日目シラーズ

シラーズの『エラム庭園』

バラ庭園とも言われるが、私達はバラには少し早い季節で、ポピーなどの花盛り。エラムとは楽園という意味。

庭園内にはシラーズ大学があり、壁画やタイルの装飾が素晴らしい。

 詩人の街でもあり、2人の霊廟に行く。

12世紀のサーディは「人々は千年経っても私に会いに来る。」と言った。『貯金をして、使わずに死ぬ。』『勉強してその知識を使わない。』こういう生き方はだめである。それらを逆に考える事が大事。

14世紀の詩人ハーフェズはイランの誇る詩人。比喩で酒と女のことを詠んでいる。本当は神への信仰心を詠んだもの。

どちらの庭園も花が盛りで綺麗な廟である。

 チャドルを始めて着用。シャーチェラグ廟はチャドルを着用しないと見学が出来ない。ブルーと黄色にコーラン文字の書かれた綺麗な廟である。

 チャドルは無料で貸してくれるのだが、大きな布状で、非常に慣れない者にはずり落ちそうで不細工であった。

 シラーズに入る時に目にするのがコーラン門。丘の上にチャイハネがあり、そこでティタイム。お酒の飲めない国、チャイと共にあるのが水タバコ。進められたら吸うのが礼儀、数個とで信頼関係ができる。

 今日は他にイランの斜塔キャレム・ハーン城砦、バザール・ヴァキール(布地のバザール)、その隣のヴァキール・モスクを見る。

★8日目 ペルセポリス

 ペトラ、パルミラと並ぶ中東の3Pの一つ、ペルセポリスである。

紀元前六世紀、アケメネス朝ペルシャのダレイオス1世が着手し、完成はクセルクセス1世になってから。総面積125千平方KM。

 ここの遺跡はレリーフが綺麗に残っている。立体的なのが特徴で躍動感がある。

 王の権力を表すため、ライオンの形に擬似化した敵を殺す場面、貢物を持ってくる場面などが良く残っている。見事である。

 柱も石で出来たものは残っているが、玉座殿は基盤の上に木製の柱を立てたも。アレキサンダーの侵攻により、焼き討ちに遭い消滅している。

 ナクシ・ラジャーブは紀元3世紀ササーン朝時代、断崖に彫られたレリーフ。ペルシャ全盛の時のもので、ゾロアスター教時代の遺跡。その頃はペトラ、パルミラ、エジプトもペルシャの属国として大帝国を築き栄華を誇っていた。

★9日目 イスファハン

 世界の半分と言われるイスファハン。イラン中央部に位置する

高原都市。ザクロス山脈の裾野にあたり、ザーヤンデ川の中ほどにある。「イランの真珠」と言われる古都。シルクロードの要衡賭して栄えた所だが、本当にイスファハンらしくなっのは16世紀。

 ミナーレ・ジョンバンは揺れるミナレットが有名。1本を揺らすと対にあるミナレットも揺れ床も揺れる。モンゴル時代の建築様式といわれている。

 イスファハンのジャーメ・モスクは8世紀から16世紀に至るまで増築を繰り返したイラン最古の、モスク。

 ザーヤンデ河は水枯れのため、33のアーチがあるのに水に映える景色は見る事が出来ずに残念だった。

★10日目 イスファハン

 世界の半分と言わさせたイマーム広場。

南北150m東西163mの長方形。周囲は2階建ての回廊になっていて1回の片側はバザールになっている。

イマーム広場のモスクは、王様のモスクで、イスラム文化の集大成。

 ドームのタイル模様の美しさ、2つとして同じ模様が無い。

イマーム広場にある、アリ・カブ宮殿は6階建て、3階から王様はポロの試合を観戦した。私達も王様の気分で3階テラスからイマーム広場を見る。

★11日目 テヘラン

 テヘランではホメイニ廟、宝石博物館などを見学。

 宝石博物館は、イラン国立銀行の地下にあり、セキュリティが非常に厳しく、手ぶらで入場。ガラス越しに見るのだが、その前に柵があり、宝石に見とれて長く柵を握り締めると警報がなる。水差し、エッグスタンドに至るまで宝石が埋め込まれている。これでもかと見せられると少々辟易する。

 

 これから日本へ向けて帰国。

 

イラン事情

 国内線に 乗るときは、カメラの電池を抜いてスーツケースに入れておく。カメラテロに備えて。

 お金の 単位が大きいため札束で支払う。1000リアルが日本円の15円。

 ポリスチェック制度のため、予定がしばしば遅れた。観光客を無事目的地に送り込むため、ドライバーに制限速度を科せている。ドライバーはポリスにタコメータを示し、スタンプを押してもらう。

 麻薬所持は現行犯逮捕、使った人間は2度まで許され3度目に捕まると、砂漠に捨てられる。

 おしんが放映され、日本女性を見ると「おしん」と声をかけられる。

 

 

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