悠はどっちへ 1
| 「悠ちゃん、こっちや、あともうちょい」 「もうこのへんでええやん、なんかだんだん寂しうなってきてるで」 せかせかと俺の先を歩きながら、時々ちらっと振り返っている、ちゃんと付いてきてるのか、確認してるらしい。 「なあ松っつん、このへんメッチャ静かやで、やっぱり戻ろうや」 「そない言うな、あとちょっとやから、我慢しいって」 ずんぐりした巨漢の松っつんを、チビの俺は青息吐息で追いかける。 俺は今、ただでさえ普通の人のように歩かれへんのに。 「ほらほら、なっ、見えてきた、あれや、あれ」 ひときわネオンが目立つんは、その看板にお金がかかってるからやない、あまりにも周りが閑散とし過ぎているせいや。 LUCHY、ラッキー、か、なんかパッとせん名前やなあ。 そのビルの前にようやくたどり着いて、茫然となってしもうた。 エレベーターが、あらへん。 俺は先々週、大腿部骨折っちゅう、とんでもない目にあったばかり、バイクを転がしていて、曲がりきれずにどっか〜ん、や。 「おうい、冗談やないで、階段使えっちゅうんかいな、この哀れな怪我人に」 「そやけど、もうおまえ松葉杖使うてないし、ここまでも歩けたやないか」 「アホ、階段はまた別や、おまえ、俺の怪我を悪うしたいんか」 さんざん歩かされてこのザマや、俺はマジでどついたろかと思った。 「んなこと言うても・・・しゃあない、俺が背負うたるわ」 「いやじゃボケッ、そんなカッコ悪いこと、されとうないわい」 「遠慮せんでもええって、あ、ほら」 松っつんは軽々と俺を持ち上げ、トントン、と階段を昇りきってしもうた。 こうなったらさすがにあきらめなしゃあない、おとなしく運ばれたった。 「そやけど、なんでまたここに執着してるんよ、松っつん?」 「へへへ〜、それは、入ってからのお楽しみや」 勝手にせい、これでおもろなかったら、無事なほうの足で蹴っ飛ばしたる。 * さてここで、俺らの自己紹介をしたいと思う。 まず俺、名前は本田悠、あだ名はふたつある、ひとつはゆうちゃん、これはまんまやけど、イントネーションを関西風に、「う」を高く発音する。 もうひとつが「三太夫」、これも「ほんだゆう」がなまっただけの、めっちゃお気軽なネーミングってわけや。 ほいでもうひとりのヤツ、こいつは松田伸吾、あだ名は松っつん。 180cm以上あるくせして、もさっとしてるから、スポーツは全然あかん。 こういうのを「ウドの大木」っちゅうんや、ほんま。 こいつは大学の2年先輩で同い年・・・え? そんなわけないて? 俺が一浪してて、しかも一回留年しとったら、ちゃんと合うやろうが。 俺はこの春に卒業したばっかり、松っつんは2年前からもう社会人しとる。 地方の役所で公務員をしとんのやけど、俺のほうはいまだプータロー、まあ、バイトはしてるけど。 ほんまはちゃんと4月に就職決まってたんやけど、3ヶ月でやめてもうた。 営業なんかやってられへん、そう思うて、やめてやった。 ま、それ以上のことは、この物語を書き進めていくうちに、ぼちぼち喋っていこかな、と思うてる。 ほんなら、そろそろ本題に戻らしてもらうわ。 * 「こらこら、なんやこの『冗談パブ』っちゅうサブ・タイトルは」 「読んだとおりやんけ、おもろいで、まあ騙された思うて入ってみいて」 こいつ、もしかしたらヘンな趣味あんのか? これってあれちゃうの、ニューハーフが踊りなんかを見せるとこやん。 松っつんが勢いよく扉を開けると、中から「いらっしゃ〜い!」と、桂三枝みたいなマヌケなセリフが聞こえてきた。 赤、青、黄色の派手な照明が、せわしなく動き回ってる。 でも、想像していたよりはドギツイこともないみたいやな、と思った。 「あ〜ら、松田さん、今日はおふたりやねんねえ、お友達?」 「うん、プータローの悠くんや、みんなかわいがったってや」 こいつ、余計なことを・・・ 背中を軽く押されながら、俺らは奥のボックスへ連行されてった。 正面にはステージ、スタンドマイクが一本置かれてる、カウンターはなく、ボックス席ばっかりずらっと10くらいあって、うしろの壁際に沿って長〜いソファがあった。 これ特注したんやろなあ、けっこう高かったん違うかな。 ほどなくフリフリの女もんのシミーズみたいなのを着た人がやって来て、テーブルの上にボトルやら氷やらを並べ出した。 「はじめましてぇ、エリで〜す」 俺は頭のてっぺんからつま先まで、珍獣を見るように眺めてやった。 といっても、俺はド近眼のうえに乱視入ってるから、ちょっと見えにくい。 「いややわあ、こっちの人、ワタシのことジロジロ見てはるぅ」 松っつんがぶわっははは、と、こらええわと言いながら、笑った。 「しゃあないねんって、俺、ニューハーフ見るんは初めてやし、しかもド近眼やから、どうしてもこないなってまうねんて」 どちらにともなく、俺は言い訳がましく、弁解した。 「けど・・・こちらさん、めっちゃかわいい顔したはるわ」 俺は心の中で舌打ちした、これ言われるんが一番いやなんや。 「リエちゃんもそう思うやろ、こいつ、うしろから見たら、どう見ても女の子やで」 「やめっちゅうねん、俺な、松っつんのそういうとこがいややねん」 松っつんとかけあい漫才をしてるうち、ふとエリちゃんの顔が目に入った。 きっと笑いながら見ているやろと思っていたら、違うかった。 ちょっと怒ってるような、泣きそうなような、意外な反応してた。 「うらやましい・・・ワタシかて、そちらさんみたいに生まれたかった」 俺はびっくりして、何か言わなあかんと思い、素っ頓狂なことを言うた。 「何言うてんねん、エリちゃんかて、めっちゃかわいいやないか、こう・・・なんちゅうんか、女っぽいとこ、あるやん」 「ありがと・・・やさしいねんね、え〜と・・・」 「悠や、よろしくな」 * 突然、店内にアナウンスが響きわたった。 「え〜、本日のご来店まことにありがとうございます、これよりお待ちかね、ショー・タ〜イムの時間とさせていただきまぁす」 照明が消え、BGMがストップした。 と、大音響のダンス・ミュージックが店内を席巻し、同時にライトが狂ったように光を撒き散らし、ステージではチカチカとカメラのフラッシュみたいな閃光が点滅していた。 そこへ、踊りながらひとりのダンサーが登場してきた。 彼女(?)は激しいビートに乗って、全身を見事にリズムに合わせ、ほんまに作り物かいな、と思わせる胸を揺らせながら動き回ってた。 すらりと延びた脚を大きく開き、ステージにぺたりと伏せたかと思うと、くるっとうしろを向いてブラのホックをはずした。 もともと裸同然みたいな衣装を取り去って、見事なターンで正面を向き、ぶるんっ、と揺れるおっぱいを、観衆の眼前にさらけ出した。 こらすごいわ、俺は舌を巻いてしまった、ほんまに男なんかいな・・・ こうなると気になるのがパンツの中身、こいつ、切っとんやろか。 さすがにパンツは脱がんかった、中途半端にイライラさせよる。 やがてそのダンサーは、さっき脱いだ衣装をさり気なく拾い上げ、小走りにステージの脇に去っていった。 俺は、これってちょっとマヌケやな、と思った。 アナウンスが次々とダンサーの名前を紹介し、ひとりずつ、その見事なダンスを、いや、ハダカを披露していった。 見ているうちにわかったけど、どうもこの順番は、新人がトップに出て、だんだんと経験豊富な人へ続いていくらしい。 四番目に登場したのは、その店のママやとアナウンスされた。 なるほど見事なプロポーション、それに堂々としたダンスを披露してる、年はたぶん27,8くらいか、衣装もかなり金がかかってるみたいや。 俺はちょっとしたカルチャー・ショックを受けてしもうた。 これで終わりかと思うていたら、最後にとんでもないのが出てきた。 「は〜い、最後のトリを努めますは、お馴染み当店のマスコット、トン子ちゃんの登場〜」 和服を着て出てきたブタのおっさん、音楽もいきなり演歌に変わってた。 文章では表現不可能な踊りを披露し、客席から笑い声が響いた。 やにわに客席になだれ込み、片っ端からキスを浴びせている。 おいおい冗談やないで、こっちへ来るなっちゅ〜の!! 必死の抵抗も空しく、俺も松っつんも、たっぷりキスマークをつけられた。 * 20分のショー・タイムが終わり、また平穏なひとときが店内に戻った。 「どや、すごかったやろ」と松っつん。 「おお、たしかにすごかったわ、おまえの一面、しかと見せてもろうた」 「何言うてんねん、こういうとこは、バカ騒ぎできるからええねやんけ」 しばらくすると、さっき踊っていた人達が、客席になだれ込んできた。 俺と松っつんのボックスにも、最初に踊ったリエちゃんいう子とママがやって来た。 「おっひさ〜、松田さ〜ん、こっちお初やんね、よろしくぅ」 新人のリエちゃんは、ママの横にいるせいか、こわばった笑顔を見せてた。 「こちら、悠ちゃん言うんやね、松田さんからいろいろ聞いてます」 こいつ、いったい何を言いやがった? 「松田さんの言うとおりやわ、ほんまにかわいい顔したはるわ」 またこれや、今度言われたら、帰ったる。 「そやろ〜、こいつ、服脱いでも女みたいやで、ちんちんついてるけど」 「おっまえな〜、ええかげんにせえよ!」 「あらまっ、松田さんと悠さん、そんな関係やったの?」 俺はゲンナリした。 「ちゃうちゃう、悠にはそのケはないみたいや、ちょい残念やけど」 ママと松っつんがしっかり「ふたりの世界」を作ってしもうたんで、しょ〜がなく、俺は新人さんとまた話をすることにした。 「きみ、何才?」 「え? じゅ・・・いえ、ハタチ」 こりゃ青少年保護条例に違反してるな、この店は。 「いつから、こんなふうになったん?」 「こんなふうって?」 「女になりたいってことに決まってるやん」 「・・・よう覚えてないけど、中学じぶんから、かな」 「それってやっぱり、先輩にやられたとか、そんなんがきっかけかいな」 「どうやろ、もともとこんなケがあったんやと思うわ」 「ふうん、そやけど、勇気いったんとちゃうの?」 「ちょっとは、ね」 こりゃ面白い、ナマでニューハーフと喋るってのはけっこうそそる。 「親とかは、やっぱり知らんねやろ?」 「ひとりで住んでるから、その心配はないんよ」 「けど、どっかに親はおるわけやから、いずれバレるかも知れんやん」 「親はとっくに離婚してて、お母ちゃんが岡山にいてるだけやもん」 「・・・・・」 俺は、話題を変えた。 「なあリエちゃん、アソコはどないなってんの?」 「え? ああ、まだついてるよ、タマタマはもうないけど」 「えらい中途半端な手術するんやな、なんでいっぺんに切らへんの?」 「お金が高いから・・・また今年の暮れに、切りに行くつもりやけど」 そこへ、別のオカマちゃんが割り込んできた。 「いらっしゃ〜い、マユミっていいま〜す!」 空のミネ・ボトルを持って、リエちゃんは行ってしまった。 「ワタシもいただいて、いいかしら」 相変わらず、松っつんはママとなにやらごそごそやっている。 しょうがないので、俺はマユミちゃんの相手をした。 「悠ちゃん、めっちゃかわいいやん、女の子みたいって、言われへん?」 帰ろかな、と本気で脳裏をよぎった。 「おヒゲなんか生えへんのとちゃうの、つるっつるやんか」 「ときたまちょろっと生えてくるけど、いっつも引っこ抜いてる」 「うっらやまし〜、ワタシら、どんだけそれで苦労してるか」 「なんでやねん、マユミちゃんかって、ぜんぜん生えてへんやんか」 「永久脱毛したんよ、めっちゃ高かったんやでえ」 そんなもんか、と思った。 「すね毛とかも、永久脱毛してんの?」 「そうや、ホルモン注射してたらね、体つきはこのとおり女っぽくなるし、体毛かて永久脱毛したら、このとおりや」 ちょっとおもろい話やな。 「ほんなら、その注射やめたら、どうなるん?」 「また元の男に逆戻りや、せやから、やめられへん」 「ってことは、腕には麻薬常習者みたいに、注射の跡がいっぱいかいな」 「ううん、ワタシなんかもう、錠剤に切り替えてるんよ」 いろいろと苦労してはんねや、なんか妙に感心してしまう。 「それより悠ちゃん、あんたはどうやの、全身つるつると違う?」 「ち、違うわ、もちろん、あるわい」 ここにきて、いきなり松っつんが割り込んできよった。 「そんなことないで、こいつすね毛どころか、わき毛もあらへん、去年泳ぎに行ったとき、俺しっかり見たからな、こいつ、もしかすると、アソコの毛もあらへんのとちゃうやろか」 「ちょっ、ちょっ、こらっ、松っつん、ええかげんにせえっちゅうねん!」 やば・・・図星やがな、これだけは一生秘密にしときたかったのに。 「悠ちゃん、顔が赤うなってる、ホンマにあらへんのとちゃう?」 こいつら、人の気持ちも知らんと・・・ このせいでまだ女ともできず、修学旅行も仮病使うて切り抜けてきたのに。 「なっ、ママ、俺の言うたとおりやろ、どうやろか、こいつ」 「そうやねえ、本人がやる気あるんやったら、うちはええよ」 「お・・・おいこらっ、おまえ、なんの相談しとんねや?」 「決まってるやろ、おまえの就職先を探したってんねやないか」 * 俺、夢としてはシンガーになりたいと思うてる。 大学のときも、友達とバンド組んでけっこう頑張ってた。 松っつんと知り合うたんも、あいつがドラムたたいてたからや。 けど、どうも俺には素質はないみたい、声がか細いとよく言われる。 目指すはロックの頂点、それだけにこの声は絶望的かも知れん。 そりゃたしかに、カルチャークラブや日本のシャズナみたいなんもおる、せやけど俺は、そういう形で行くのだけはいややった。 バンドのみんなも、どうもそのことをわかってくれへんかったみたいやった。 その証拠に、学祭のとき、バンドのリーダーしていたやつが、俺に半分ケツが見えるくらいにカットしたジーパンを差し出し、これとヘソ丸出しの短いシャツという格好で出ろと言い、頭にきて帰ろうとしたことがあった。 まあ結局、バンドのみんなも同じような格好するんやから、と説得されて、しょうことなしに一回きりの約束でステージに立ったんやが、案の定、客席からの反応は「おかま〜」とか、「やらせろ〜」という下品なもんばっかり、俺は途中でステージを降りてやった。 意外やったのは、それ以来、女の子からちやほやされたことやけど、これかって「カワイイ」というノリでペット扱いされているとわかって、ほとほとこんな身体に生んでくれた親を憎んだもんや。 俺はヘヴィ・メタルの硬派路線を目指してるのに。 プータローをしてる今でも、この夢はまだ捨ててない、松っつんみたいに、音楽は趣味と割り切られへんとこがある。 そやから今でも、月に一度やけど、十三のライブ・ハウスでやってるんや。 メタル・キッズの俺やから、当然、髪はロン毛にしてる。 けど、そのせいで、俺はしょっちゅうナンパされてしまう。 男やとわかり、相手がうろたえているのを何回見たことか。 あんまり腹が立って、「あほう、男に声かけて、おもろいんか」と言うたら、逆ギレされてしもうて、さんざんな目におうたこともあった。 そんなもんやから、俺は「かわいい」と言われるのが一番嫌いや。 松っつんだけは、俺のことをわかってくれてると思うていた、たまにからかうことはあったけど、それ以外のときはちゃんと「男」として接してくれていたのに。 それが、それがこの有様・・・もう俺は、友達なんか信じへん。 これやったらまるで、俺が身売りされてるみたいやんけ。 * 「あほっ、おまえのことを心配してるから、世話したってるんやないか」 「大きなお世話じゃ、こんなことされて、喜ぶとでも思うたんか」 「まあまあふたりとも、ここでケンカするのだけはやめといてや」 ママが心配そうに、俺らの仲介役を買って出よった。 「悠ちゃん、こんな仕事かてプライドっちゅうもんはあるんよ、そこまで言われたら、私も黙ってられへんわ」 「・・・お、俺、そんな意味で言うたんやないわ、そんなんちゃうって」 「ちょっと、そんなに悠さんのこといじめたら、かわいそうやないの」 マユミちゃんが、俺のことをかばってくれた。 「まあとにかく、悠さんも、いちおうママの話だけでも聞いてみたら?」 マユミちゃんからそう言われると、そうせなしゃあない。 「わかったって、聞くから、そんな顔せんといてえな」 むこうのボックスから、心配そうにリエちゃんも俺のことを見つめてた。 松っつんもホッとしたように、水割りのグラスをぐいっと一気に空けた。 「私らのプライドとか、そんなことは言わんことにするわ、純粋にビジネスの話をしましょう、それやったらいいでしょ? まずお給料、悠ちゃんが本気になってやってくれるんなら、これだけ出すわ」 ママが指を二本、俺の目の前に差し出した。 けど、その意味がわかれへん。 「一日2万、出すわ、それ以外にお客がついたらボーナスもつく、もちろん昇給も保証する、月に50万なんてすぐよ」 う、うそ・・・ ちょっと心がぐらつくのがわかった、俺ってなんちゅうあさましいやつ。 「ただし、きちんと踊りができての話、悠ちゃんは今、それは無理やから、ちゃんと踊れるまでは半分の1万、これでも破格の好条件よ、どう?」 俺、さっきまでの勢いが、完全にどっかへ飛んでしもうた。 けど、まだ踏ん切りがつかないでいた。 「それからね、うちはウリはやらないの、だから安心していいわよ」 「ウリ? ウリって、何?」 「売春よ、男のね、うちは純粋にショーを見せるだけのお店やってこと」 「けど・・・いつかはアレ、切らんとあかんのとちゃうの?」 ぷっ、とママが笑い出すと、マユミちゃんまで笑い出しよった。 「あほやねえ、そんなことないわよ、私かてついたまんま」 そう言うたと思ったら、いきなりママは立ち上がり、スカートをめくってほれっ、と言いもって、大胆にもイチモツを放り出した。 「ねえ、悠ちゃんもやってみたら? ワタシも協力したげる」 たのもしいマユミちゃんのひとことで、ぐらっと傾きかけてきた。 「悠ちゃんなら、絶対人気者になれるって、これだけかわいいんやもん」 なぜかあんまり腹が立たんかった。 「ワタシも、悠さんが来てくれたら、嬉しいな」 いつの間にか、リエちゃんまで参加してた。 「この世界、へたに入り込み過ぎた人より、悠ちゃんみたいな人のほうが成功するもんなんよ」 こりゃえらい持ち上げようやな、と思った。 「こういうとこに来るお客さんって、完璧な女には興味ないの、男の部分を残したまま、女を演じてる私らを見て、楽しんでるもんよ」 へえ、そんなもんですか、けど困ったことになってしもたなあ。 * 西宮駅の階段を下ったところ、そこは俺らみたいなシンガーを志す若者の、ちょっとしたアピールの場所や。 夜の7時から、ギターのハード・ケースをぱかっと開けて手前に置き、フォーク・ギターを抱えて、得意の「移民の歌」を歌い出した。 レッド・ツェッペリンはやっぱりサイコーや。 このバンドのヴォーカルも、俺と同じでかん高い声っちゅうのもええ。 言うてみたら、俺の音楽の師匠はこのロバート・プラントやな。 当然、まずは見てくれからそっくりになるようにしてる。 といっても、モロ金髪は就職するのに不利やから、ちょっとだけにしてる。 ソバージュみたいなパーマも、あててからだいぶ経ってもうたから、毛先だけクルクルと巻いてる状態。 それを普段はうしろで束ね、襟の中に隠して帽子をかぶってる。 けど今は、少しでも目立ちたいもんやから、全部出してロッカーしてた。 7曲、たてつづけに歌い、ギター・ケースに1680円貯まったところで、自動販売機でコーヒーを買ってきて、タバコを吸いながらそれを飲んだ。 ふと、きのうの夜のことを思い出した。 月50万かあ・・・半年くらいやって、それでやめたろか。 あそこやったら、俺の知り合いが来ることはまずあれへんやろうし、それに俺、アパート暮らしやさかい、実家の人間にもバレへんやろ、来年の春にはちゃんとした会社に行ったらええわけやし、それまでのツナギで、ちょっとだけしてみよかな。 そう思たら心を決め、ギターをケースにしまい、原チャリにまたがって、一路「LUCKY」へ向かった。 |
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