悠はどっちへ 2
| 「あら、やっぱり来たんやねえ、さ、はよ入り」 開いたドアの奥から、BGMに混じって、賑やかな声が聞こえてた。 俺は店の入り口でもじもじしてた。 「それがな、俺、あんまし持ち合わせがないねん」 「気にせんでええわよ、就職面接みたいなもんやねんから、お金はいらん」 それにしてもギター抱えて階段昇るのはつらかった、ほとんど這うように、八甲田山の進軍みたいにして、たどり着いた。 「悠ちゃん、音楽やってんの? それやったらちょうどええかもね」 俺、最初この言葉の意味が、ここで生演奏できることかと思うたけど、そうやなくて、客とカラオケするのに音痴やと困るっちゅうことやった。 しかもや、カラオケする客の半分は演歌好きやと言う、こりゃヤバイ、俺、演歌なんか全然知らへんがな。 「自然に覚えてくるもんやから、安心してええわ」 ママが力づけてくれたけど、やっぱり不安やった。 「あんた、今夜は用事ない?」 「え? ああ、うん、なんせプータローの身やから、明日もあさっても、ヒマ」 「ほなら、ちょっとこっちおいで」 ママに連れられ、奥の楽屋へ連れて行かれた。 「これなんかええんとちゃうかな」 ズラリと並んだ衣装のなかから、ピンクの女もんの下着みたいなのを選び出した。 「ほなら試着するから、その汗くさそうな服、はよ脱ぎ」 ほっといてくれ、そう思ったけど、ためらいつつも、それに従うた。 「ええっ? パンツまで脱がなあかんの? 何もそこまでせんでも・・・」 「あったりまえでしょ、こんなかわいい衣装着るのに、パンツだけそんな縞々のトランクス履いててどうすんの?」 はい、と手渡されたちっちゃなパンティ、顔が真っ赤になってしもうた。 「ほんまやねえ、松田さんの言うてたとおりやわ、あんたツルッツルやん」 「ちょっとぉ、あんまりジロジロ見んといてえな、恥ずかしいやんか」 もうどうにでもなれ、と思うた。 * ひととおり着替えが終わると、鏡の前に座らされ、髪の毛に櫛を通される。 中央から半分ずつ分けられて、ぎゅっと束ね、ゴムでくくられた。 鏡の向こうの俺の顔が、見る見る真っ赤になっていくのがわかった。 「ママさん、俺、こんなんいやや、めっちゃ恥ずかしいがな」 俺の頭の両側でだらんっ、と、束ねられた髪の毛が垂れ下がってた。 「しかしビックリやね・・・あんたメイクの必要ないわ、十分にいけるで」 そんなこと感心されても困る。 「けど、いちおう口紅だけは塗っとこ、ファンデーションもいちおう、ね」 すっかりママのおもちゃにされてる、もう俺は白旗を揚げるしかない、無条件降伏っちゅうやつや。 「素足もすごいきれいやけど、左足の切った跡、これは隠さんとあかんね」 そう言うて、白いストッキングを履かせてくれた。 「ホンマやったらパンプスも履いてほしかったけど、ちょっと無理やね」 かといって泥々のスニーカーっちゅうわけにもいかんから、なんか白い体育館シューズみたいなのを貸してくれた。 「ちょっとお、マユミちゃ〜ん!」 しばらくしたら、「ハ〜イ」と言いながら、マユミちゃんが部屋に入ってきた。 「うわっ、悠ちゃん、めっちゃかわいい〜!」 俺、なんにも言えんかって、思わず下を向いてしもうた。 「ほんならマユミちゃん、悠ちゃんに実践指導してあげて」 「え・・・? うそやん・・・今からこの格好で、客の前に出るん?」 「心配いらんって、ワタシがあんじょうしたげるから、ほなら行こか」 「悠ちゃ〜ん、これ、要らんの〜?」 そう言いながら、ママが一万円札を、ひらひらさせてた。 * 「あ、そうや、とりあえず源氏名つけとかんと。 う〜ん、そうやなあ」 「ママ、ユウ、Youやから、それを日本語にして、君、キミちゃんは?」 「あ、それええわ、よし決まり、じゃあキミちゃん、頑張っといでね〜」 にっと笑いながら、ママが指先を動かしてバイバイしてる、俺は未練たっぷりに捕虜みたいな気分で、客席へ連れてかれた。 マユミちゃんがミキサー担当みたいなオッサンになにやらつぶやいたあと、そのままステージに連れて行かれた。 もう、前を見ることもできへん、ずっとうつむいたまま、突っ立ってた。 と、突然、店内にアナウンスが響きわたった。 「え〜、本日のご来店、まっことにありがとうございまぁす、ここでちょっと当店ニュー・フェイスのご紹介をさせていただきまぁす、客席正面、ステージに立ちますのは、輝ける新人、キ〜ミ嬢〜!」 ヒュ〜ヒュ〜、という掛け声とともに、拍手が湧き起こった。 しょうことなく、俺はぺこん、と頭を下げた。 「じゃ、キミちゃん、こちらのボックスへ」 マユミちゃんがエスコートしながら、4人の客がいるボックスへ案内された。 ソファに座ったけど、まだ客と顔を合わせられへんかった。 「キミちゃん言うんか、めっちゃベッピンさんやなあ」 「わし、嫁はんと別れてでも、キミちゃんが欲しゅうなったわ」 アホかこいつら。 「まあ、お近づきの印や、ビールがええか、それとも水割りかいな?」 横でマユミちゃんが、俺の脇腹にひじ鉄をくらわす。 「え? は、はい、じゃあビールを・・・」 「おい、聞いたか、声もかっわいいがな、おっちゃん、もうゾッコンや」 もう酔うてもうたれ、そう決めて、コップのビールをひといきで飲んだ。 「おっ、いけるがな、こりゃますます気に入ったで」 二杯目を注いでもらうとき、初めて客の顔を見ることができた。 心臓が止まるかと思うた、このオッサン、うちの大学のセンセやないか。 デレ〜ッとして、上から下までジロジロ眺めているみたいやったけど、幸いにも俺やとはバレへんかったみたいで、ホッとした。 このオッサン、こんな趣味があったんか。 ゼミでしょっちゅう会うていたくせして、わからへんのかいな。 ま、そのほうが都合ええんやけど。 他の3人にも見覚えがある、こいつら、全員うちの学校の連中や。 学内に派閥があるとは聞いてたけど、たぶんそんなとこやろう、この連中、村岡センセの取り巻きっちゅうやつなんやろな。 しかしなんでよりによって、いきなり「こいつら」やねん! 「けど・・・きみの顔、どっかで見たような」 ほら来た、こら何としてもシラを切り通さんとあかん、くそっ。 「よう言われるんです、アイドルの誰それに似てるとか」 「そうか、まあええわ、ところでキミちゃんはいくつ?」 ここでホンマの年を言うたらバレるかも知れんと思い、とっさに言うた。 「あ、ハタチです」 「へ〜え、ハタチか、もっと若う見えるなあ、えらいべっぴんさんやから」 勝手に言うとれ、このどスケベ変態ジジイ。 「けど、まだ新人さんだけあって、オッパイもまだぺったんこやな」 「そんなん構めへんわ、こんだけかわいかったら」 「これからちょっとずつ、ショッカーに改造されるわけや、な、そやろ?」 オヤジネタをぶちまける他の3人、俺はあほらしゅうなってきた。 「まあとにかく、キミちゃん、こっち来て座り」 やば・・・こいつら、何考えてやがる。 そこへマユミちゃんが助け船を出してくれよった。 「あかんって、ムーさん、この子まだ今日が初出やねんよ、そんなんしてもう明日から来えへんようになったら、どないすんの?」 「失礼やな、何もせえへんわい、こう見えても紳士なんやで、わしら」 どごがじゃい、目つきが完璧にエロジジイしてるやんけ。 マユミちゃんが困ってるようやったので、しょうがなく言うてやった。 「ええよ、マユミちゃん、俺・・・いや、ワタシ、あっちに座るわ」 両側から2人ずつ、挟まれる格好で座らされた。 もちろん俺のすぐ隣は、村岡ジイサンが占領していた。 ビールを注いだり、水割りを作ったりするのは慣れてたから、すぐできた。 バンドの先輩連中なんかと、よう飲みに行ってたからな。 目の前のなくなりかけたグラスから、順番に注いでやった。 「キミちゃん、なんやこう、ミルクっぽい匂いがするな」 「ホンマや、これ、キミちゃんの体臭かいな」 これはよう言われる、お母ちゃんなんか、まだまだ赤ん坊ってことや、とひどいことを言いよる。 「男心をそそる匂いや、ホンマに色っぽいのう、キミちゃんは」 死ね、このド変態。 「けどなあ、なんぼ新人いうたかて、脚を広げて座るんは、やめときいな」 そ、そうか、気がつかんかった。 「要らんこと言うなボケッ、せっかくかわいいデルタちゃん、楽しんでたのに」 こいつら、いっぺん死ななアカンわ。 松っつんの口車に乗って、こんなことになってもうたことを後悔した。 そや・・・松っつんのこっちゃ、友達連れてきたりせえへんやろか、そんなことになったらえらいこっちゃ、あとで電話しとこ。 * 村岡のジイサンがカラオケの本を取り出し、番号をリクエストしよった。 「ほならキミちゃん、わしとデュエット、したってや」 「は? お・・・ワタシと?」 「そや、銀座の恋の物語、知ってるやろ?」 おいおい、冗談やないで、どないしょう・・・ 俺は、末席にちんまり座っていたマユミちゃんに、SOSを送った。 「ムーさん、ワタシやったらあかん?」 「あかんあかん、わしはキミちゃんと歌いたいんや」 こらもう絶望的や・・・ 「次、銀座の恋の物語、入りま〜す!」 やにわに村岡のジイサンは立ち上がり、俺の手を掴んで引っ張り上げ、ステージのほうに連れていこうとした。 「おっ、きれいなわき、見〜えたっと、お手入れ上手にしてんねんな」 くっ・・・俺はもう、マジで逃げたくなってきた。 たぶん俺は不機嫌な顔をしていたんやと思う、歌い終わり、席に戻ると、とたんにみんなが機嫌を取ろうと必死になっていた。 「キミちゃんは演歌が嫌いやってんな、それやったら言うてくれたらよかったのに、いや、悪かったわ」 「そうや、キミちゃん、わしらに何も遠慮することなんてあらへんのやで」 こう下手に出られると、なんやこう気の毒になってきた。 「ごめんなさい、これから頑張って、覚えます」 「おい聞いたか、なんちゅうけなげなこと言うんや、おっちゃん、もうすっかりキミちゃんのファンになってもうたわ」 こんなエロじいさんにファンになってもうても嬉しゅうない、やっぱりステージで所狭しと飛び回り、シャウトする俺の、ファンがほしい。 「またしょっちゅう来るからな、キミちゃんに会うために」 そう言いながら、村岡センセは一万円札を、俺の手に握らせた。 「ちょ、困ります、そんなことされると」 「ええがな、とっときって、わしのほんの気持ちや」 こりゃラッキー、なるほどこの商売、副収入がけっこうあるねんな。 「そうですか、じゃあ、ありがたく」 こりゃこの商売を始めたんは遅かったかも知れんな、と思うた。 在学中にもしこれやってたら、留年せんで済んだかもしれへん。 「ね〜え、単位ちょ〜だい」と、鼻にかけた声で囁いてでもやれば、イチコロに言うことを聞いてくれてたかも知れんのに。 けど、それはやっぱり無理や、俺のことをセンセにバラさなあかんがな。 そんなことしたら、逆に「黙っといたるから、つきあえ」と脅されたりして。 まあそんなんはどうでもええわ、一万円、やったぜぃ! さんざん歌い続けて小銭稼ぐのが、なんやアホらしゅうなってきた。 とにもかくにも、俺はその後明け方近くまで、ここで働いた。 午前3時まで言うても、客が帰らん限り、店を閉められへんから。 今日の稼ぎは、ママからの一万と特別ボーナスの五千円、 それにチップが全部で二万円以上、占めて四万円弱、こりゃたまらんわ。 |