誘拐志願 1/4


 カー・ショップで見つけた掘り出し物のフォグ・ランプ、こいつやったら俺のビートにぴったしや。

 あたりはすっかり薄暗くなっているというのに、俺は白銀灯の真下にクルマを停め、せっせとジャッキでノーズを持ち上げていた。

 助手席には、知り合いから預かってるラブラドール犬が、アホ面して俺の挙措を目で追ってる。

ちょっと汚いけど、下はアスファルトやし、まあええか。

 俺はごろりと地面に寝そべり、身体をくねらせながら這い進むと、フロント・バンパーの真下に上半身を突っ込んだ。

 懐中電灯を頭の横に置き、工具を取り出してがさごそとやっていた。

 「ええっと・・・ここから配線を這わせたるか」

 ドライバーをそっと持ち上げたとたん、不覚にもぽとりと落としてしまった。

 カラカラカラ・・・

 無情にもそのドライバーは、俺の手の届かない位置まで転がっていった。

 「ちっ」

 イヌに頼んでも、取ってきてくれるほど気が利くとは思えんし・・・

 再び身体をくねらせ、今度は逆に上半身を外に出そうとした。

 ようやく肩のあたりまで出たところで、俺は首をくいっとねじ曲げ、よっこらしょっと上体を起こした。

 目が合った。

 「おっちゃん、何してんのや?」

 見れば10才くらいの薄汚れたスカートを履いた、生意気そうなガキや。

 「・・・おまえこそ、こんなとこで油売っとらんと、早よ帰れ」

 膝頭に擦り傷の跡が見え、べったりと塗られた赤チンがかなり剥げていた。

 「ええやん、もうちょっと、見せてえな」

 「アホいえ、おまえんとこのかあちゃんにドヤされても知らんぞ」

 「人の心配はええって」

 俺、こんなとこで何やってんねやろ。

 地べたに手をついて、むくりと体を起こし、ドライバーを取りに行った。

 ついでにイヌのほうを見たら、この新しい客人に興味を持ったのか、シッポをぐるぐる回転させてた。

 すぐにドライバーは見つかり、作業を再開しようとしたが、どうにも気になってしゃあない。

 「おまえな、今何時やと思っとんのや、早よ帰れって」

 「まあそんなかたいこと言わんと」

 一気に力が抜け、俺もチビと同じようにしゃがみ込んで、がさごそと煙草を取り出した。

 ジッポの火が俺の顔を明るく照らし、女の子は瞬きもせず、こっちを見てた。

 「・・・おまえ、塾の帰りかなんかかいな?」

 「そう見えるか」

 こういう、典型的な関西のノリで来られるのは、俺は苦手や。

 「おっちゃん、暴走族やってんのか?」

 「その、おっちゃんいうのはやめんかい、これでも俺はまだ24や、イヌ連れて暴走するやつがどこにおる? だいたいなあ、この俺のどこが暴走族やっちゅうねんっ」

 「こんな不良みたいなクルマに乗ってるし、そんなんしてカイゾーしてるやんか」

 俺は立ち上がり、ややおおげさな素振りでビートを指差しながら、言うた。

 「こ、これのどこが不良みたいやっ、失礼なこというなよ、違法改造なんかしてへん、まあちょっとだけ、ドレス・アップはしてるけどな」

 「ほんなら、今からカイゾーするわけやな」

 「違うっちゅうねんっ、これはただフォグ・ランプを・・・もう、どうでもええわい」

 すっと女の子が立ち上がり、運動会の入場行進みたいに手を振ってきた。

 俺の真ん前に立ち止まり、じっと俺の顔を見上げてる。

 「な、なんやねん、けったいなやっちゃな」

 「うちにも手伝わせて、なんか、おもしろそうやし」

 「アホか、おまえみたいなガキとこんな夜中にごちゃごちゃしとったら、俺が変態か誘拐犯に間違われるわい、邪魔やっちゅうねん、ほら、どいたどいた」

 いきなり、俺の足にぎゅっ、としがみついてきよった。

 「な、なにするんじゃ・・・こら、離せっ、離せって」

 ろくにブラシも通してもらってへんような頭を俺に晒して、今度は俺のズボンにべったりと顔をくっつけてきた。

 「や・・・やめって、おい・・・」

 俺はあわててポケットの中をまさぐり、お菓子でも入ってないか探ってみた。

 「にいちゃん・・・うちを、誘拐してくれへんか」

 なんや、にいちゃんに昇格かいな・・・って、おいおい!!

 「・・・お、おまえ、家はどこや?」

 頭をうなだれたまま、右手をすっと、西の方角に向けよった。

 「住所、言えるか?」

 ゆっくりした動作で、女の子はかぶりを振った。

 「名前は?」

 「上原・・・ミキ」

 「上原か・・・このへんにあったかいな、そんな名前の家」

 ごしごしと汚い手で目をこすったため、顔に黒いスジがついた。

 警察にでも連れて行ったほうがええかな、俺はそんなことをぼんやりと考えていた。

 「ようよう、久志クン、うちのワンちゃんのお相手、ご苦労であった」

 暗がりから聞こえてきた声の主は、俺のカノジョの喜代やった。

 「おお、助かったわ、この子なんとかしてくれや、たのむわ」

 白銀灯の下に来ると、ますます黒っぽい化粧にしているのがわかった。

 喜代は俺と女の子を交互に見ると、白い唇がニーッ、と横に広がった。

 「あんた、こんな年端もいかん子を騙そう思うてるんか、それって犯罪ちゃう?」

 「ボケッ、人聞きの悪いこと言うなっ、ぜんぜん知らん子や」

 ますます面白がっているのがわかり、俺ははがゆくなってきた。

 「お嬢ちゃん、もっとええ男はいっぱいいてるで、悪いことは言わん、こんなんやめときって」

 「ヒサシ、なんやのこの女」

 一瞬、女の子の言った意味がわからず、その場の空気が凍った気がした。

 俺はもとより、喜代まで絶句して、ひと呼吸おくと、喜代のやつが大爆笑した。

 「こらっ、そんなでっかい声で笑うなって、近所迷惑やないか」

 結局、女の子をひとまず、俺のアパートへ連れていくことにした。

 「きったないやろー、男のひとり暮らしなんて、ろくなもんやないで、なあ」

 「おまえに言われとうないわ、そんなネガ・フィルムみたいな化粧しよってからに」

 「これが今のハヤリなんやって、みんなやってるで」

 「それはどこの世界のみんなやねん、アフリカの奥地のことか?」

 「うっさいなー、そんなん言うたら、レナ置いて帰ったるで」

 「アホ言え、そんなことされたら俺、このアパート追い出されてしまうわい」

 驚いたことに、女の子の靴下はぼろぼろに破れていて、真っ黒に汚れてた。

 「お、おまえ、それ・・・」

 さすがの喜代も絶句していたが、すぐに明るい声でこう言った。

 「ミキちゃんいうたな、あんた、おなか、空いてへんか?」

 こくりとうなづき、つま先の足指をクニョクニョと動かしていた。

 女の子を喜代に任せ、俺はコンビニまで食べ物を買いに行くことにした。

 ついでに靴下も買うたるか。

 フォグ・ランプの取り付けは明日やな、よう考えたら昼間のほうがやりやすいわい。

 とにかく、メシを喰わせたら、すぐに交番に連れていったる。

 そのあと、喜代を深夜のドライブにでも誘うたるか。

 もうワン公のツー・ショットはええわ、やっぱり人間のほうが、会話がはずむ。

 ビニール袋を下げて帰ってくると、喜代が女の子を裸にして、絞ったタオルでていねいに拭いてやっていた。

 すでにシャンプーは済ませたらしく、髪の毛にはタオルが巻かれている。

 「このアパート、シャワーもないから大変やったで」

 俺はなんとなく感心していた、喜代の意外な一面を見た気がしたからや。

 「そんなとこで突っ立っとらんと、お茶のひとつでも沸かしたりいな、ホンマに気のきかんやっちゃで、なあ、ミキちゃ〜ん」

 「ホンマや、気のきかんやっちゃ」

 ええムードになってるのはけっこうやけど、なんで俺がそんなこと言われなあかんのや。

 どうにも面白うない、とにかく俺は、ケトルに水を入れて火を点けてやった。

 「ほれっ、こんなコンビニ弁当ですまんのう、喜代が料理のひとつもしてくれんからの」

 「この部屋のどこでどないして料理なんかできるんや、包丁の一本も置いてへんくせに」

 「へへえ、てことは料理くらい朝飯前に作れるってことかいな」

 「バカにしたらあかんで、私はこう見えても、料理だけは得意なんやから」

 「そんなツケ爪してて、どうやって料理するっちゅうねん」

 3人で夕飯を済ませ、ひとごこちついたところで、喜代が立ち上がった。

 女の子の頭に巻かれたタオルを取り、ごしごし拭いてやると、自分のポーチからブラシを取り出し、ていねいに髪を整え始めた。

 きゅっ、きゅっ、と髪を分け、ピンク色のゴムで両側にくくりつけた。ついでにハサミを使って、前髪をシャギーにカットしてる。

 「へえ、なかなか美人に生まれ変わったな」

 「そうや、この子、顔立ちはすっごくええで、外人っぽいもんな」

 「そらそうや、うち、おとうちゃんはアメリカ人なんやもん」

 「おいおい、ホンマかいな、そんならなんで日本人みたいな名前やねん」

 「うち、おとうちゃんの顔、知らへんねん」

 またまた奇妙な沈黙、どうも「わけあり」の家庭らしい。

 「なあ、ミキちゃん、そんならおかあさんは?」

 「日本人や、女手一つで、うちを育ててくれたんや」

 「えらいなあ、それやったら早よ、おかあちゃんとこに戻ってあげんと、きっと今頃、すっごく心配してるで」

 「帰りとうない、おかあちゃん、3日前に家出してしもうたもん」

 「お、おい・・・やっぱり警察に行ったほうがええで、これは」

 「あんたはちょっと黙っときっ・・・そんなら、家には、誰もおらんのか?」

 「新しいおとうちゃんがいてる、けど、うち、あの男きらいやねん」

 「なんで?」

 「すぐに殴るし、ときどきヘンなことしてくるねん」

 さすがに喜代も言葉を失った、みるみる喜代の目が、真っ赤になっていく。

 「そんで、なんでおまえは、俺に誘拐してくれなんて言うたんや?」

 「そうしたらな・・・おかあちゃん・・・帰って・・・くれる・・・って・・・」

 小さな肩を震わせ、とうとうミキは泣き出した。

 ぎゅっ、と喜代が女の子を抱きしめると、ほっぺたに白いスジがついた。

 「ひどい話やな、久志、このまま警察に行ったら、この子、またその暴力オヤジのところへ連れ戻されるで」

 「・・・そんなこというても・・・俺に、どうせいっちゅうんじゃ」

 布団を敷いてやり、とりあえずミキをそこに寝かせるってことになった。

 部屋一面に散らばったガラクタを手で押しのけ、俺はそのわずかな空間に身を横たえた。

 喜代は早々とイヌを連れて帰ったので、せっかくのデートの計画は台無しや。この調子やったら、明日もフォグの取り付けは無理かも知らんな・・・

 うとうととし出した頃、異様な声が聞こえ、俺の目が覚めた。

 ふと見ると、ミキが夢にうなされているようやった。

 心配になって覗き込むと、細い手を宙にさまよわせ、呼吸が荒くなってる。俺は、その手をそっとつかんでやり、ゆっくりと撫でてやった。

 ようやく落ち着いてきたのか、ミキはまたやすらかな寝顔に戻った。

 そのあと、俺はどうにも寝付けず、開け放たれた窓に腰掛け、煙草を吸った。

 なるほど、よく見るとこの子はアイドルさながらにかわいい顔してる、ただ、ちょっと痩せすぎやな。

 無理もない、おそらくオヤジさんからこっぴどい目に遭うてたんやろう。

 また苦しそうにし出したので、俺はあわててミキの額に手を当て、髪の毛をゆっくりと撫でてやった。

 その手を不意にはねのけられると、ミキは絞り出すような声を上げた。

 「い・・・いややっ、やめてっ・・・」

 俺は怒りがこみ上げてきた。

 そのクソオヤジを見つけ出し、ひとこと言うてやらんと気が済まへん、母親にしたってそうや、こんなかわいい子を放ったらかしにしてからに、どんな理由があるにせよ、絶対に許されることやない。

 ・・・やってやるか。

 ほんのちょっと、バカ親どもをギャフンと言わせるだけでええのや、たっぷり反省させてやったところで、この子を返してやろう。

 どうせ明日はやることもないし、それにこのままやと俺も困るしな。

 あれこれ計画を練っているうち、俺はいつしか眠りに落ちてた。

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