誘拐志願 2/4
| 「やっほう、朝やでぇ、起きろ〜!」 喜代が素っ頓狂な声を張り上げ、俺はたまらずごしごしと睡眠不足の目をこすった。 「久志っ、これをよおく見てみい、何かわかるかぁ?」 まぶたが半分しか開かず、俺は渋々喜代の差し出すものを見つめた。 「・・・なんや、弁当箱・・・いや、重箱やないか、ようさんあるやんけ」 「あったりいっ、さてここで問題です、これは、誰が作ったのでしょう?」 おいおい、まだ脳が覚醒してへんっちゅうのに、いきなりクイズかいな。 「ん?・・・お、おまえが、作ったんかっ?」 「へっへ〜、まあ食べてみ、味のほうは保証せえへんで」 「すごいやないけ、おまえにそんな女らしい一面があったんか」 「ミキちゃんも早よ起きてや、ほら見て、私が作ったんやでぇ」 驚いた、なかなか見事なもんや、おにぎりもちゃんときれいな三角しとる。 ふと喜代の指先を見ると、ツケ爪はしてなかった、それどころか、メイクもごく自然な感じで、俺はぽかん、と口を開けてもうてた。 ジーパンにTシャツっちゅうシンプルな喜代を見るのは、これが初めてやないか。 いったい、どないなっとんや。 小さな折り畳み机に手作り弁当を並べ、喜代はお茶を沸かしてくれた。 「どう? 味はたいしたことあらへんやろ?」 「いや・・・びっくりしたなあ、うまいもんやないか、味付けも絶品やでっ」 「ミキちゃんは、どう?」 「うん、すっごくおいしい!」 嬉しそうに俺とミキが食べるのをじっと見守りながら、喜代がせかせかとお茶を注いで回っていた。 「それな、味付けがけっこう難しかったんやで、味はどう?」 「うまいって・・・あのな、たのむから、落ち着いて食べさせてくれへんか」 「えへっ、わりいわりい」 ふたりとも満腹になると、喜代がまた大きな紙袋を取り出してきよった。 「これな、私がこどものときのんやけど、ミキちゃんに似合うと思うねん」 黄色いオーバーオールと、黒い半袖のTシャツ、それに縞模様の靴下やった。 「下着もあるで・・・こらあんたっ、ちょっと出ていっときっ」 俺は、自分の部屋を追い出され、することもないので、小便をしてきた。 「もういーかい?」 「まーだだよっ・・・あのなあ、どっかそのへんブラブラしておいでって」 煙草を持ってくるのを忘れたことに気づき、仕方なく俺は自動販売機へ向かった。 ズボンに手を突っ込むと、小銭がちゃらちゃらと出てきたので、煙草と100円ライターを買った。 夏の日差しはきつく、ほんの数分うろついただけで、額に汗がにじんでくる。 キンキンに冷えた缶コーヒーを3本買い、俺はアパートへ戻った。 「あのお・・・もうよろしいでしょうか」 「ええよ、どこほっつき歩いてたんよ、しょうがないやっちゃ」 複雑な心境で、俺は自分の部屋の扉を開いた。 「・・・ほお、ミキちゃん、こりゃ驚いたわ、めっちゃくちゃかわいいやんかっ」 恥ずかしそうにややうつむき、手をうしろに組んでウロウロしていた。 髪の毛もきれいにセットされ、三つ編みを頭のうしろで結わえてた。 「見違えるもんやなあ、こどもやいうても、やっぱり女の子なんや」 「当たり前のこと言うてんと、早速この子の家を探しに行かんと」 俺はふたりに缶コーヒーを渡しながら、しばらく黙って考え込んだ。 「・・・なあ喜代、俺な、ちょっと考えがあるんや」 喜代は俺の計画を聞くと、大喜びで協力すると言うてくれた。 ミキはただ黙って、俺たちの会話をじっと聞いてた。 「そういうわけやから、ミキちゃんな、きみんちの電話番号、教えてえな」 「・・・わかった・・・書くもん、ちょうだい」 ミキは自分の住所と電話番号、それにオヤジさんの名前と母親の名前を、ついでにわかりにくかったけど、簡単な地図まで書いてくれた。 「そういやミキちゃんは、今、何年生?」 「5年、でも4年の途中から、学校に行ってへん」 「なんでや?」 「みんなにいじめられるからな、こんな顔してるせいやって、それをおかあちゃんに言うたら、それやったら無理して行かんでもええって言うて、それから行ってへん」 「・・・つらかったやろうな」 「それにな、うち、学校に行くのが恥ずかしかってん、おとうちゃんが月謝とかをぜんぜん払ってくれへんかってな、それを先生に言われるねん、みんなの前で」 「・・・どこの小学校じゃい、それは?」 「言いとうない・・・もう思い出したくないから」 こりゃあ、懲らしめたい相手がまたひとり増えたやんけ、けど、どこの学校かわからへんかったら、ちょっと無理やな。 そのボケナス担任にしたって、名前がわからんかったらどうにもならん。 「そんなら久志、これから計画の最終打ち合わせや、どっか涼しいサ店でも行って、冷たいもんでも飲みながら話そうや」 「とにかく俺は、まずこの子の家を見てこようと思う、地図まで書いてくれたから、行くのは簡単やしな」 「それはいいけど・・・この子の家って、どのへんなん?」 「本町の3丁目や、ここから歩いて2,30分くらいかな」 俺たちの会話など構わず、ミキはミックス・ジュースを無心に飲んでた。 「そんな急いで飲んだらむせるで、そんなにおいしいんか?」 「うんっ、こんなん飲んだん、初めてなんやもん」 またまた息詰まるような沈黙、どうもこの子と一緒におると、こうなりよる。 「なあミキちゃん、おとうちゃんは、今、家にいてるんやろうか?」 「いてると思う、おとうちゃんな、カイシャに行かんようになってん、去年から」 「そらまた、なんでや?」 「よう知らんけどな、リストラなんやて」 どうしてもこうなってしまう、俺、こういう空気は苦手や。 「おかあちゃんは、仕事してるんか?」 「うん、新地で働いてるって言うてたわ・・・なあ兄ちゃん、新地って、なんや?」 たのむわ、誰か助けてくれ。 「ねえ、ミキちゃん、おかあちゃんの居場所、心当たりはないん?」 「・・・たぶん、働いてるとこの、知り合いの人んとこに行ってると思う」 「お店の名前とか、知ってるか?」 「いっぺんだけ、連れていってもうたことがあるねん、バッカスってとこや」 俺はレジのねーちゃんに頼んで、職業別電話帳を借りてきた。 「どう? 見つかった?」 「・・・あったあった、どうも東通商店街にあるみたいやな」 すぐにメモへ書き留め、ポケットにしまい込んだ。 「あんたのおかあちゃん、夜中はおらんかったんか?」 「うん、いっつもうちが寝てる間に帰ってくるねん、煙草とお酒の臭い、プンプンさせてな」 「ほんなら、朝御飯はどないしとったん?」 「うちがまだ学校に行ってたときはな、ちゃんと起こしてくれてたんやで、けどうちが起きたら、またすぐに寝てしまうねん」 「ちゅうことは、朝飯は作ってくれんかったわけやな」 「ううん、ちゃんとな、お弁当を置いてくれてるねん、冷たいやつやけど」 「コンビニの弁当っちゅうわけか・・・」 「おとうちゃんも一緒に食べててんで、まだカイシャに行ってたときは」 俺は喜代の顔を見た、喜代もやっぱり、俺を見ていた。 「なあミキちゃん・・・おかあちゃんのこと、好きか?」 きょとん、としたような顔をして、ミキは俺の顔を見つめていた。 「当たり前やんか、おかあちゃんはやさしいから、うちは大好きや、なんでそんなこと聞くん?」 「どんなふうにやさしかった?」と、喜代。 「どんなふうにって・・・おかあちゃんは、やさしいねんって、アホちゃう?」 「ふふふ・・・ごめんごめん、別におかあちゃんの悪口言うたんと違うねんで」 あかん・・・俺、ちょっとヤバいかも。 「ほんならぁ、ミキちゃんは、晩御飯は、どうしてたん?」 ミキはちょっとムキになったように、口を尖らせながら、言った。 「ちゃんと食べてたよ、ほかほかの弁当や、おいしいねんで」 ついに俺は、必死に耐えていたものが、爆発してしもうた。 「・・・久志、泣いてるのか?」 「こ・・・これが、泣かずに聞けるかいっ」 俺、何年ぶりやろう、泣くなんて。 すっ、と喜代がハンカチを差し出し、俺はそれを黙って受け取った。 俺は努めて明るい笑顔を作り、ミキに向かって、言うた。 「おやっさんのとこに行くのは後回しや、今から遊園地に連れて行ったる」 パチパチとまつ毛をしばたたかせ、ミキはとても魅力的な顔になってた。 「ホンマかっ、うち、いっぺん行ってみたいって思ってたんやっ」 また涙がこみ上げ、俺は開き直り、声を出して、泣いた。 |