誘拐志願 3/4


 阪神高速神戸線をひた走るマーチに、俺たち3人は乗っていた。

 「あんたなあ、あんな2人しか乗られへんようなクルマ、なんで買うたんや」

 「ほっとけっ、独身の間はあれで十分なんじゃい」

 「私がマーチ持ってへんかったら、どうするつもりやったんや」

 「電車で行ったらええがな、なんやえらそうに、4人乗りが、そんなに偉いか」

 なあ、ミキちゃん、と同意を求めるように、俺はうしろの座席を振り返った。

 「でも・・・うち、あの黄色いクルマ、乗ってみたかったな」

 「ほうれ見い、ちゃんとわかってるやないか、あのクルマの魅力を」

 「ミキちゃん、あんなのに乗ったらあかんよ、不良になってまうで」

 「なんでやねんっ、おまえには、あのクルマの崇高なコンセプトっちゅうもんがやなあ・・・」

 女同士、ふたりでケタケタ笑い、俺は喋るのがアホらしくなった。

 「でもな、にいちゃんは不良みたいやったから、うち、誘拐を頼んだんや」

 「ち、ちょっと待てや、傷つくなあ、俺のどこが不良なんや?」

 「だって、リーゼントしてるやん、それにあんなクルマ乗ってるし」

 「ひ、人を、外見で判断したらあかんで、俺はな、心優しい紳士なんや」

 「ちょっと聞いたぁ? ミキちゃん、紳士やて、笑ってまうなあ、ホンマ」

 「お・・・おまえらっちゅうやつは・・・」

 「ふふっ、わかってるって、久志はやさしい男や、そやから私は惚れたったんや」

 ひゅーひゅー、とミキがはやし立て、仕方なく俺も、弱々しく笑った。

 でっかいソフトクリームを3つ買い、ペロペロ舐めながら、広い遊園地の中を歩き出す。

 ミキは狂ったようにはしゃぎ、俺の手を掴んでやたら引っ張った。

 「あれ、乗りたい、なーなー、ええやろ?」

 見ると複雑な造形のレール上をひた走っている、ジェット・コースターやった。

 「ミキちゃん、あんなん初めてなんやろ? やめといたほうがええで」

 「なんで?」

 「怖いでえ、おしっこちびっても知らんぞお」

 「ミキはもう10才なんやでっ、あんなん平気や」

 そうは言うてたものの、案の定、動き出したらミキの顔はひきつり、隣席の俺にぎゅっ、としがみついた。ちらっと表情を伺ってみると、とうとう最後まで目を閉じたままやった。

 「おしっこ、ちびってへんか?」

 「・・・もう一回、乗ろっ」

 今度は喜代とふたりで乗ることになり、喜代が顔面蒼白になってた。

 そのあと、ありとあらゆる乗り物に片っ端から乗りまくり、あっという間に時間は過ぎていった。

 ふと俺は、ミキが立ち止まってじっとしていることに気づいた。

 彼女の視線の向こうには、親子3人で楽しそうにしている家族の姿があった。

 6才くらいの女の子が母親と一緒にティーカップに乗り込み、父親らしき男性がそれに向かって手を振り振り、ビデオカメラを熱心に構えている。

 典型的な親子のほのぼのとしたワン・シーン・・・ミキには、ちょっと刺激が強過ぎるかもな。

 「・・・な、なあミキちゃん、次は、どれに乗る?」

 それからミキはずっと黙ったままになってしまい、俺たちを戸惑わせた。

 仕方なく俺たちは遊園地を出てクルマに乗り、ボロ・アパートへ戻ることにした。

 帰りの車中、俺は、これまで考えたこともなかった「親子の愛」っていうものについて、かつてなかったほど真剣に、思いを馳せていた。

 それはどうやら、喜代も同じみたいやった。

 途中でマクドに寄り、3人分のハンバーガーを買い込んだ。

 「ほんなら俺、ちょっと行ってくるわ」

 「この子の家やな、わかった」

 まだ外は明るく、できれば明るいうちに見ておきたい、そう思っていた。

 「そしたら私は、ミキちゃんと銭湯へ行ってくるわ、いいやろ?」

 「ああ、ゆっくりしといで」

 俺はビートのキーを握り、靴を履くと、月極駐車場へ向かった。

 明日は俺も喜代も仕事がある、今夜中になんとかせんと、な。

 延々と続くブロック塀に沿って歩いていくと、かつて川だったことが忍ばれる細長い埋め立て地が左手に見え、それをさらに進んでいくと、クルマの通行など不可能な細い道が、幾重にも入り組んで横たわっていた。

 その道に沿った両側に、平屋の棟続きの、古びた家がずらりと並んでいる。

 俺はいかにもそのあたりの住人であるかのように自然に振る舞いながら、軒先に立っているおばさんたちに不審がられないよう注意を払い、ひとつひとつの表札を、順に見て回った。

 雑然と並んだ長屋からは、なんともいえない独特のニオイが立ち込め、一気に、自分が生まれる前の時代にタイム・スリップしたような気がした。

 角から6軒目に「上原」という表札を見つけ、俺は妙に緊張した。

 建て付けの悪そうな引き戸は開け放たれていて、中がひととおり見渡せる。いわゆる「うなぎの寝床」ってやつで、奥行きはそこそこありそうやった。

 盗まれるもんなんかないとでも言いたげに、実に堂々とあけっぴろげのまんま。

 俺は立ち止まらず、そのまま歩調を緩めずに通り過ぎ、その瞬間に全神経を集中して、中の住人を見定めようとした。

 けど、あいにくミキのオヤジさんの姿は見えず、俺は我知らずホッとしていた。

 メモを取り出すと、俺は携帯電話をポケットから出し、コールしてみた。

 11回目の呼び出し音のあと、面倒くさそうな男の声がした。

 『・・・うぁい、誰や?』

 俺の心臓は早鐘を打ち、あわてて電話を切った。

 やっぱり、いてたんか・・・

 さてどうしたものか、俺は通路の先にあったガードレールに腰掛け、煙草を取り出すと、ゆっくりとくゆらせながら、考えを巡らせた。

 そのとき、開きっ放しの玄関から、ステテコ姿の男がのこのこと出てきた。

 さっきの俺の電話で、寝ているところを起こされたっちゅう感じやな。

 髪の毛はあちこちが逆立ち、てっぺんのほうがやや薄くなっている。

 男はサンダルをつっかけ、尻をぼりぼりかきながら、こっちへ向かってきた。

 大きなあくびをして通り過ぎた瞬間、酒のにおいがぷうんっ、とした。

 俺は、ミキの話から想像するに、もっとすごい熊男やと思っていた。だが実際は、どちらかというと「うだつのあがらない」、そんな感じのおっさんやった。

 ひょろっと痩せていて、暴力というイメージはあまり浮かんで来えへん、ただ、その小さい目には、どこか陰湿で、薄情な雰囲気が漂っていた。

 自動販売機で煙草を買ってきたらしく、歩きながらパッケージを破り、一本取り出すと、どろんとした目を細めながら100円ライターで火を点け、俺の前を過ぎ去った。

 ここまできて何もせんと帰るわけには行かん。

 俺は、男が家の中へ入っていくのを確認すると、足早にその場を去った。小走りにビートのもとへ行き、ドアを開け乗り込むと、バタンと閉めた。再び携帯電話を取り出し、リダイアルのボタンを押す。

 今度は、3回目のコールで、男が出た。

 『誰やっ』

 ゆっくりと深呼吸をし、俺は自分を落ち着かせようとした。

 「あんたんとこに、ミキっていう娘がおるやろ」

 『・・・誰や言うとるんじゃっ、なんやっちゅうねん』

 「こっちで預かってるんや、生きて返してほしいやろ、そんなら俺の言うことを聞け」

 しばらく沈黙が続いたあと、酒臭い息が携帯から臭ってきそうな感じで、ため息が聞こえてきた。

 『おまえ、アホか、わしんとこに金があるとでも思とんのか?こっちが誰かを誘拐したいくらいじゃい、ホンマ、あほなやっちゃで』

 ある程度は予測していたとはいえ、なんか情けのうなってきた。

 「そんなこと言うてもええんか、娘を殺すぞ」

 『勝手にさらせっ、あんなガキ、どうなってもわしの知ったことかい』

 「な、なんちゅうやつじゃ・・・おまえは、我が子がかわいくないんか?」

 『あほぬかせっ、あいつは嫁はんの連れ子なんじゃ、わしの子やないっ』

 「そ・・・それでも、ずっと一緒に暮らしてた家族なんやろうが」

 『おうよ、タダメシばっかり喰いよって、まったく迷惑なやっちゃで』

 俺は目眩がしてきた、あまりの怒りに、意識が遠のきそうになった。

 「・・・どうなっても、ええっちゅうんやな」

 『勝手にせえ、あいつはガキのくせに、身体はそこそこ発達してきとるみたいやから、せいぜい楽しんだらええがな、そのかわりちゃんと金は貰うで、おさわり代や、うわっはっは』

 思いっきり携帯をハンドルにたたきつけてしまったので、見事にバラバラに壊れてしまった。

 あんなやつのところにミキちゃんを返すわけにはいかん、俺は、親指の付け根からしたたる血を眺め、必死で怒りを鎮めようとした。

 「どうやったん?」

 扇風機の前にふたり並んで、同時に俺のほうを振り返った。

 「・・・見てきたよ、ミキちゃんのおとうさん」

 「それで、どんなふうやった? 心配そうにしとったか?」と、喜代。

 きょとんとして、ミキがこっちを見てる。

 俺はいったいなんて言えばええんや、こんな苦しい思いをしたんは、生まれて初めてや。

 「・・・とにかく、もうちょっとしたら、俺、梅田に行ってくるわ」

 「おかあさんとこやな、私らも行きたいけど、どうやろか」

 「あかんっ・・・いや・・・やめといたほうがええ・・・なんとなく、そう思うねん」

 「でも私、11時までには家に帰らんと、うちのパパ、門限破ったらうるさいからな」

 「それまでにはなんとか帰ってくるから、悪いけどミキを見とってや」

 電車に揺られながら、俺はぼんやり考えてた。

 これでもし、おかあさんまでろくな人間やなかったら、あの子はいったいどうなるんや。

 ミキはひたすらおかあさんの愛を信じ、誘拐騒動までやらかそうとしたんや、そんな幼い気持ちを、なんとか守ってやれんもんやろか。

 あのバカオヤジ、どんなことをミキちゃんにしよったのかは知らんけど、まさか最後の一線までは越えてへんやろ、いくらなんでもミキはまだ10才やもんな。それがせめてもの救いかも知らん、今のうちなら、助けてやれる。

 でも、あの子のおかあちゃんに会うて、俺はいったいどうする気なんや?

 腕時計を見ると、午後8時をちょっと過ぎていた。

 電車がホームに滑り込み、俺はいっせいに流れ出す客の群に身を任せた。

 地下街を通り過ぎ、階段を上がると、東通商店街に入る。

 住所表示を確かめながら、ようやくお目当てのビルを見つけた。

 「いらっしゃい」

 ふたりの女性が、笑顔ひとつ見せず、俺にそう言うた。

 まだ開けたばっかりらしく、他に客はおらんかった。

 「お客さん、ここは初めて?」

 「うん、まあ」

 この店のママらしき女性が俺にそう訊き、もうひとりが付きだしを用意してた。

 「なんにします?」

 「そうやな・・・生ビールでももらおか」

 ママは見たとこ50前後ってとこか、もうひとりは30半ばに見える。

 どうやらこの人が、ミキちゃんのおかあさんらしい。

 「あんた、どこから来たん?」

 どうもママとばっかり喋るハメになって、肝心のおかあさんと喋られへん。

 つまらんやりとりをいくつか交わし、会話が弾まないと思ったのか、ママはさり気なく、もうひとりの女性のほうにバトンタッチした。

 「いらっしゃい、お客さん、いくつ?」

 「24や」

 「へえ・・・若いなあ」

 ごとんっ、と、ママが俺の側に、マイクと歌本を置いてった。

 俺は、どんなふうに切り出したらええか、忙しく考えた。

 「私、明美、よろしくね」

 「俺は、久志や、よろしゅうに」

 元来が飲みに来たわけやないので、ぜんぜん会話が弾まへん。

 「けど、なんでここの店に入ってきたん?」

 「え?」

 「そやかて、いちげんさんやろ? 久志クン」

 ちょっと肉付きがようなってしもうてるけど、明美さんはなかなかの美人やった。

 「俺の友達からここの話を聞いたことがあって、それでいっぺん来てみたいと思っとったんや」

 「なんちゅう名前なん? そのお友達」

 まいったなあ、こう矢継ぎ早にツッコミが入ると、デタラメが言いにくい。

 ええいっ、もうどうでもなれやっ。

 「実は、外人やねん、留学生の友達でな、アメリカ人なんや」

 別に顔色が変わったふうでもなく、棚からコップを取り出してきた。

 「私も一杯、いただいてもええかな?」

 「ああ、ごめん、気がつかんで」

 瓶ビールを1本オーダーし、俺は彼女とママに注いでやった。

 乾杯をし、俺は生ビールのおかわりを注文した。

 「久志クン、英語、できるん?」

 ちょっと、会話が本題に近づいてきた。

 「まさか、向こうが日本語で喋ってくれるんや」

 「ふうん・・・いくつくらいの人?」

 どうせデタラメなんやから、核心に触れやすいようにしてやるか。

 「明美ちゃんと同じくらいやと思う、たぶん」

 なんか、ドキドキしてきた。

 「なんで、そんな年で留学生なん?」

 こりゃチトまずかったかな。

 「・・・え?・・・だって、明美ちゃんって、俺と同じくらいとちゃうん?」

 「んまっ、お上手やないのぉ、みえみえのおべんちゃらでも、嬉しいわ」

 ホッ・・・これでなんとか話が続けられそうや。

 「私ね、昔、アメリカ人とつきあってたことがあるんよ」

 やっりぃ、どうにか聞き出すことができそうや。

 「へえ、そうなんか、結婚してたの?」

 「ううん、その人は海軍さんやったから、しばらくしたら国へ帰ってもうた」

 「好きやったん?」

 「まあね、やっぱりアメリカ人って、ちょっとあこがれるやん」

 「結婚しようとは、思わんかったの?」

 「・・・むこうに、その気がなかったみたいやねん」

 「こどもでもおったら、結婚してたんとちゃう?」

 いよいよや。

 「・・・あのな久志クン、初めて会うた人に、こんなこと言うのはおかしいって思うけどな、実はな、彼がアメリカに帰ったあと、私、妊娠してることに気づいたんや」

 「へ〜え・・・で、産んだの?」

 「まあね、私にとっては最初の赤ちゃんやったし、ハーフのこどもの母親ってのも悪くないなとか思って」

 「ありゃりゃ、私生児っちゅうわけかいな、で、今は一緒に暮らしてんの?」

 「まあな、ちょっとここ数日はわけがあって、会うてへんけど」

 「どこにいてるん?」

 「ダンナのとこや、ちょっと最近ケンカしてな、今、家出中やねん、私」

 「それやったら、ダンナさんも大変やろうな、こどもさんの食事とかもせなあかんやろし」

 「ちょっとは私の苦労を味わったらええんや、たまにはええクスリやで」

 「・・・娘さんのこと、愛してるん?」

 「そりゃまあ自分の腹を痛めて産んだんやからな、それなりには・・・ちょっとあんた、なんでうちの子が女の子やって知ってるん?」

 いけね・・・

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