(2013年9月議会参考資料一部より)

 

 

本当は憲法より大切な

「日米地位協定」

入門

 

 

普天間基地

配備が

強行

された

オスプレイ

(MV22)。

回転翼の

角度を

変更することで

垂直離着陸が

可能な

特殊軍用機。

 

従来の輸送ヘリコプターにくらべ、

高速かつ航続距離にすぐれる

が、

試作機段階

から

重大な事故

何度も起こしており

安全性が強く懸念されている。

普天間基地へのオスプレイの配備に合わ
せて、沖縄・勝連半島先端のホワイトビ
ーチに入港した強襲揚陸艦「ボノム・リ
シャール」。2隻のホバークラフトが、
後方のデッキ状の格納庫に乗りこむ演習
をしている。現在、甲板の左手に見えて
いる軍用ヘリコプターCH-46のかわり
に。オスプレイが搭載されることになる。
{写真:須田慎太郎}

 

沖縄国際大学に墜落したヘリの事故処理
作業を行なう米兵たち。黄色い防護服を
着た人物かふたりいるのは、ヘリの回転
翼の安全装置に使われていた放射性物質
(ストロンチウム90)か飛散したから。
このあと米軍は数日間にわたって現場を
封鎖し、作業と調査を行なったあと、機
体の残骸とともに汚染された土を根こそ
ぎ持ちさり、すべての証拠を隠へいした
(写真 琉球新報)

 

冲縄の嘉手納基地のなかにある「バニアン
ゴルフコース」(全長6714ヤード)
1957年1月、アメリカの人権委員会は、国防
総省長官に次のような勧告を行なっている。
「沖縄政府は事実上、米軍の支配下にあり、
米国占領下の制度として先例を見ないもので
ある。(略)狭い島内の〔民間人の〕土地を接
収し、将校用のゴルフ コースをつくるよう
な場合は、それが島民の将来とどんな関係が
あるか、説明する必要がある」
それからすでに、半世紀以上がたっている。
(写真 須田慎太郎)

 

 

史上最大の10万1000人か参加した2012年9月
9日のオスフレイ反対県民大集会。
冲縄県議会をはしめ、県内のすへての市町村
議会(全41)か、オスプレイ配備反対の抗議
決議や意見書を可決したか、それても配備は
強行された。一方、アメリカ本国のニューメ
キシコ州ては、1600通余りの反対意見か集ま
ったことて。オスプレイの訓練が大幅に延期
されることになった。(写真 共同通信社)



やっぱりそうだったのか!
●なぜ戦後七〇年たっても、まだ米軍は日本にいるのか?
●なぜ米兵が罪を犯しても、ほとんど逮捕されないのか?
●なぜアメリカではできない危険なオスプレイの訓練が、
  日本ではできるのか?
●なぜ基地をひとつ動かそうとしただけで、首相が失脚し
  てしまうのか?
●なぜ原発災害の当事国である日本が、原発を やめられな
  いのか?
●なぜ経済的利益のないTPPが、強引に進められようと
  しているのか?

答えはすべてここにある。
21世紀を生きる、

全国民必読の書

 本当は

憲法より

大切な

日米地位協定入門

....................前泊博盛

 

原発再稼働、

不況下の大増税、
オスプレイ強行配備、

TPP参加、

憲法改正…

日本は

なぜ、

こんな国になってしまったのか?

 

「戦後日本」

最大の闇にさかのぼる!



  きっとみなさんも、

よくわかっているのだと

思います。
 

 

この数年、

日本には

大きな出来事が

次々と

起こりました。

 

民王党政権の誕生と...、

 

普天間基地

「移設」問題

 

東日本大震災、

 

福島原発事故

 

原発再稼働問題、

 

検察

調書ねつ造

事件、


尖閣問題、

 

オスプレイ

の強行配備、

 

TPP参加問題、

 

憲法改正問題。

 

そうしたなか、

これまで、

「ひょっとして、

そうなんじゃないか」

 

「でも信じたくない」
 

と思ってきたことが、

 

ついに現実として

 

目の前に

 

つきつけられてしまった、

 

いくら否定しようとしても、

 

否定しきれなくなってしまった。

 

いま、

そんな思いがしています。

私は

沖縄の宮古島で生まれ、

沖縄本島の

那覇市で育ちました。

 

大学は

東京に行きましたが、


卒業後は

また沖縄にもどり、

琉球新報という新聞社で

二七年間、

記者を

やっていました。
 

二〇一一年からは

沖縄国際大学という、

米軍のヘリが落ちたこと

すっかり有名になってしまった

大学に

移りました

 

が、

いまでも

物ごとの見方や

情報のとり方、

生きるうえでの

基本的な姿勢は、

新聞記者時代と

ほとんど変わりません。

 


  沖縄で

新聞記者として

生きるということは、

多かれ少なかれ、

つねに

日米安保や

米軍基地の
ことを

意識して

生きるということです。

そうした日々のなか、

本書を読んでいただければ

わかるように、

私自身、

米軍基地問題に

関しては

かなり過激な取材や

報道をして、

ギリギリの

ところまで

肉薄して

きたつもりです。


  でも、

二七年かかって

どうしても

答の出なかった問題、

このあまりにも

ムチャクチャな

沖縄の現状の根源は、

いったい

なんなんだという問題に、

最近、

専門外の人たちから、

 

こんな言葉を

ストレートに

かけられるようになったのです。

「宗主国と植民地」

 

これは

犠牲

システム

 福島

沖縄

(集英社)

を書いた東大教授の高橋哲哉さんの言葉で
高橋さんはこの本のなかで、

日米両政府

「宗主国」

沖縄

「植民地」

と位置づけてい
ます。
 

高橋さんの専門は、

政治でも

国際関係でもない、

哲学です。

基地問題も

米軍問題も

専門では
ありません。

 

そうした

外部の冷静で

フレッシュな目には、

はっきり

そう見える

ということです。

 


「あーあ、つい.に言われてしまった」
 

失望と

同時に

脱力するような思い。

                          ・
  たしかに

これまで

私が

新聞社の仲間と

いっしょに

積み重ねてきた、

膨大な事件取材や

インタビュー、

そこから

論理的に考え、

見直してみると、

そう言わざるをえないのです。


  しかし

これまで

自分から、

そこまで

はっきりと

言うことは

できなかった。

 

ひょっとしたら

そうじやないか、そうじやないかと

思いながら、

 

最後の最後は

ちがうと

思いたかった。

 

それは

やはり、

そのことを

肯定してしまった

あとに広がる

世界が怖かった

からなのでしょう。
 

最近では、

学者でも

ジャーナリストでもない

一般の人からも、

「結局、

日本は

アメリカの属国

なんでしょう」

 

「海兵隊も、

日本のほうが

出て行かないでくれ

って

頼んでるんでしょう」


などと

言われる

ようになりました。

「そんな

簡単な

話じゃないんだ」

「ネットでちょっと読んだだけで、

なに適当なことを

言ってるんだ」
 

そう、言い返したい気持ちがあります。

 

この問題に関しては、

二七年間、

最前線で

体を

はって

取材してきた

という自負が

あるからです。
 

しかし、

そうした

新聞記者としての

体験をもとに、

昨年からは

研究者としての

視点を加えて
客観的に

考察してみても、

それは

まぎれもない事実だと

認めざるをえないのです。

なぜなら

本書を読むと

わかるように、

日米両国の

「属国・宗主国関係」

とは、

たんなる

外交上の

圧力や力関係から

生まれたものではなく、

きちんとした文書

にもとづく

法的なとり決め

だからです。
 

その法的な

とり決めの

中心こそ、

 

本書のテーマである

日米

地位協定

です。
 

「戦後日本」

という国家の根幹をなす

もっとも重要な法律

(法的とり決め)

は、

残念ながら

日本国憲法

でもなければ、

日米安保条約でもありません。

サンフランシスコ講和条約でもない。

日米地位協定なのです。
 

私は

これまで

沖縄の基地問題について、

何冊も本を書いてきました。

そのとき

いつも

胸に

いだいていたのは、

「はたして沖縄は日本なのか」
 

という思いです。

こういうと本土のみなさんは、

少しうんざりされるかもしれません。

 

戦後
70年にわたって、

つねに

沖縄から本土に対して

訴えてきたのは、

沖縄の住民の人権が

米軍によって

いかに

侵害されているか、

 

それを

なんとか

他の日本国民にも

知ってほしいという

強い思い

だったからです。


  しかし、

よく考えてみてください。

法律というのは

 

日本全国同じです。

 

日米地位協定も

日米安保条約も、

すべて国と国のあいだで

結ばれたものです。

1972年の

沖縄の本土復帰

(施政権の日本への返還)

以降、

 

米軍が

沖縄で

できて、

 

本土で

できないことは

なにもありません

 

そのことは

昨年(2012年)七月、

オスプレイ

(MV22)

という新型軍用機の

日本への配備


決まる過程で、

だれの目にも

あきらかになりました。

 

この

「未亡人製造機」

と呼ばれるほど

危険な

12機の軍用機は、

沖縄の普天間基地に

配備されたものですが、

 

その前にまず

山口県の岩国基地に

運ばれ、

普天間基地に

配備されたあとも、

沖縄と本土の上空で

平均150メートルの

超低空飛行訓練を

実施する

ことが

あきらかに

なった
のです。
 

ここで

みなさんに注目してほしいのが、

「平均150

メートル

(500フィート)」

で超低空飛行訓練を

するという、

米軍発表の内容です。

なにかおかしくないですか?
 

 

そう。

普通、

飛行機は

もっと

上空を飛んでいますよね。

 

それが

超低空飛行をする

から

問題になっている

のに、

 

なぜ

「平均」

の高度

発表されている

のでしょう。

 

そもそも

いつから

いつまで

の平均

なのでしょう。

 

よく考えると、

一番問題なのは

安全性

なのですから、

規制されるべきなのは

「最低高度」

のはずです。

 

なのに

それを

なぜ

「平均150メートル」

の飛行訓練

と書くか

といえば、

@日本の航空法令で

決められた最低安全高度

(人口密集地以外)

が150メートルだから
 
A「平均」

というのは

それ以下の高度で

飛ぶことがあるから

なのです。 

事実、

海兵隊の訓練マニュアル

(「MV22B訓練/

即応マニュアル」2010年3月)
によると、

オスプレイには

最低高度六〇メートル

の訓練が

求められています。
 

絶対におかしいです

よね。

車におきかえてみると、
  「米軍の車両に関しては、

高速道路の

時速制限は

『平均一〇〇キロ』とする」
  と言っている

のと同じことなのです。

つまり

日本の法律を

守るつもりは、

初めからない

ということです。

 

どうして

こんなことが

許されるのでしょう。
  これまで

こういう問題は、

たいてい

沖縄だけの

問題として

考えられてきました。

 

戦争に

負けた結果、

沖縄をとられたんだから、

返してもらっただけで

ありがたいじやないか。

 

少しくらい
米軍基地の

問題が

残ったって、

沖縄ががまんするしかない……。

 

こう考える人が

多かったような

気がします。
 

でもちがうのです。

非常に

危険な

軍用機オスプレイは、

沖縄だけでなく、

本土の

六つのルートで

超低空飛行

訓練

をすると、

すでに

新聞でも

報じられています。

 

その訓練ルートの下にある
県や町は、

全国で

21県138市町村

にのぼります。

 

すでにのべたとおり、

最低高度は

60メートル

ですから、

飛行訓練ルートにあたる

町の住民の方々は、

心配で

しかたがないでしょう。
 

しかも、

問題は

オスプレイだけではありません。

 

本土にある

こうした飛行ルートは、

みなさんがご存知ないだけで、

昔から

米軍機の

低空飛行訓練ルートとして、

ずっと使われてきたのです。
 

さらに

新聞が報じていないことがあります。

公式には

そうやって飛行ルートが設定され、

その下に住む人たちだけが

心配しているようですが、

米軍の軍用機は

基地間移動

基地と基地のあいだの移動)」

という名目で、

事実上、

日本のどの地域の上空も

飛ぶことが

できるのです。

 


しかも

オスプレイの最低高度は

「平均一五〇メートル」、

(最低高度六〇メートル)

つまり

どれだけ低空を飛んでもいい
ということです。

これほど

理不尽な話が

あるでしょうか。
 

それだけではありません。

現役の

日本国首相の発言によって、

さらに

理不尽な話が

あきらか
になりました。
 

それは、

もしも

日本政府をふくむ

日本人全員が

オスプレイの配備に

反対したとしても、

安保条約が

存続しているかぎり、

アメリカは

「傍受国通報」

(ホストネーションーノーティフィケ
ーション‥米軍基地の受け入れ国への通達)

という名の通達を

一本出せば、

日本全土の上空で、

アメリカ国内では

絶対にできない

危険な

超低空飛行訓練を

行なう権利

があ

という事実です。

 

いくら

住民の危険が

予想されても、

日本政府に

それを拒否する

権利はないのです。
 

 

2012年7月16日、

民放のTV番組に

出演した

野田首相(当時)は、
  「〔オスプレイの〕配備自体は

アメリカ政府の基本方針で、

同盟関係にあるとはいえ、

〔日本側から〕

どうしろ、こうしろ

という話ではない」
  とのべました。
 

 

アメリカ西部

ニューメキシコ州にある

キャノン空軍基地では、

オスプレイなどの

夜間・低空飛行訓練について、

住民のあいだで

反対運動が起きたことから

訓練の開始を

少なくとも

翌年以降に

遅らせる事態

となりました。

 

またハワイでも、

予定されていた訓練が、

「空港周辺の歴史的遺産

〔カメハメハ大王の生誕地〕

にあたえる影響や、

騒音に関する住民の意見など」

を考慮して、

事実上、

無期延期になったこと

がわかっています。

 

ところが

アメリカにとって

 

他国のはずの日本では、

いくら

住民が

反対運動をしても、

「米軍にどうしろ、こうしろとは言えない」
  ということを

首相が公式に

認めてしまったのです。
 

この言葉を聞いて、

心ある日本の人たちは

みな激怒しましたが、

 

もっとひどい事実がある

のです。

 

それは、

「実は法的には、

野田首相の言っていることが

正しい」
  という

衝撃の事実です。

旧自民党政権時代なら、

おそらく

実態が

国民にばれないよう、

「これは、けしからんことだ」

とか、

「アメリカに厳重に抗議する」

などと言って

政治的な演技を
したと思います。

 

しかし

そうした政治的経験の

まったくない野田首相は、

驚くほど率直に真実
                                 を話してしまったのです。

そうなのです。

いくら危険でも、

これまで出された

最高裁の判例に
よれば、

日本国民に

オスプレイの超低空飛行訓練の中止を

求める権利は

まったくないのです。

さらにみなさん、

驚かないでください。
 

くわしくは

このあと本文のなかで

ふれますが、

もしも

本土を

飛ぶオスプレイが

東京大学の

安田講堂に

激突し、

墜落・爆発事故が起きて

機体の破片が

広範囲に飛び散ったとき、

米軍は東大
の敷地内を

封鎖し、

警視総監の立ち入りを

拒否する

法的な権利を

もっているのです。

 

信じられない

かもしれませんが、

すでに

日米で

合意文書も

作られた、

まぎれもない事実
です。
 

つまり

米軍基地に関して、

本土には

沖縄と

なにも変わらない現実

があるのです。

この本を読んだみなさんに、おそらく

「沖縄は日本なのか」
「沖縄はまだ米軍の占領下にあるんじやないか」

という思いは

共有してもらえる

と思います。

 

それは

だれの目にも

あきらかな現実だからです。

でも、

そこから

もう一歩踏みだして、

「では、日本は独立した主権国家なのか」

「もしかしたら、日本全体がまだアメリカの占領下にあるんじやないか」
 

という問題に

向きあってもらえれば

と思います。

米軍基地やオスプレイの問題

だけではありません。

冒頭で

のべた

原発事故

やその再稼働問題、

TPP参加問題、

検察の調書ねつ造事件

など、

多くの問題を

生みだす

構造的原因が、

そこには

隠されている

からです。


PARTI
日米地位協定Q&A
    (全17問)
前泊博盛他
     各項|丿を次の執筆者が分担しました
(前)→前泊 (明)→明田川 (石)→石山(矢)→矢部

ひとことでいえば、
「〈戦後日本〉のパンドラの箱」
  です。

現在

日本で起きている

さまざまな

深刻な出来事、


○原発事故と再稼働問題
○不況下での大増税問題
○オスプレイ配備問題
OTPP参加問題
○検察の調書ねつ造問題
 

などの多くが、この日米地位協定を源流としているからです。ただし、パンドラの箱と
同じく、わずかですが私たちには「希望」も残されています。これからこの本のなかで、
そのことを説明していきたいと思います。

?

 「パンドラの箱」
  と聞いて、
  「そんな抽象的な言い方じゃなく、もっと具体的に説明してくれ」
  と思われた方も

いらっしゃるかもしれません。
 

わかりました。

それでは抽象的じゃない、

もっとはっきりした言い方で

日米地位協定を定義すると、

こうなります。

「アメリカが占領期と同じように

日本に軍隊を

配備し続けるための

とり決め」
 

みなさんよくご存じのとおり、

一九四五年の敗戦から

約六年半、

日本は占領されており、

占領軍(その実態は米軍)は

日本国内で

好きなように

行動することができました。

 

一九五二年

四月に講和条約が発効し、

日本は

独立をはたしましたが、

占領軍は

新たに

結ばれた

日米安保条約
のもと、

在日米軍と

名前を変え、

日本に駐留しつづける

ことになりました。
 

その在日米軍が

独立から

六〇年たった

今日でもなお、

占領期とまったく変わらず

行動するためのとり決め、

それが

「日米地位協定」

〔US-Japan Status of Forces Agreement = SOFA)なのです

 

 

(「地位」というのは「在日米軍の法的地位」ということですので、本当は「米軍地位協定」
と呼ぶべきでしょう。正式名称は14ページ参照)。
 

もちろん

それは

アメリカ側が

一方的に

押しつけたものでは

ありません。

 

いくら

アメリカでも、


そんなことはできません。

 

このあと

本書をお読みになれば

わかるとおり、

それは

さまざまな

歴史的経緯の結果、

日米の合意のもとに

とり決められた

ものなのです。


もっと露骨にいうと、

こう言えるかもしれません。

「日本における、

米軍の強大な権益についての

とり決め」
 

ここで

「米軍の強大な権益」

などという、

少し大げさな、

耳慣れない言葉を

使ったのには

理由があります。

 

一般に

日米地位協定は、

一九六〇年に

日本とアメリカという

主権国家どうしが


結んだ

安全保障条約(日米安保条約)の

細則(=細かな規則)

だと考えられています。
 

しかし

これから

本書を読んでいただければわかるとおり、

そうではないのです。

 

日米地位協定の本質は、

そうした

主権国家どうしが

結んだ

対等な条約の

細則という側面にはなく、

1945年、太平洋戦争の勝利によって米軍が日本国内に獲得した巨大な権益が、戦後70年たった今でも維持されているという点にあるのです。

こういうと、

「またなにを大げさなことを言ってるんだ」

と思われるかもしれません。

しかし、

よく聞いてください。
 

日米地位協定は、

1952年に

旧安保条約と

同時に発効した「日米行政協定」を

前身としています。

その日米行政協定を

結ぶにあたって

アメリカ側が

もっとも重視した目的が、

@日本の全土基地化

A 在日米軍基地の自由使用
 

だったことが、

豊下楢彦・関西学院大学教授や、

三浦陽一・中部大学教授

の精緻な研究によって

あきらかになっています。
 

日本の全土基地化とは、

日本国内のどの場所でも

米軍基地にできるということ。

言いかえれば、

日本全土を

米軍にとっての

「潜在的基地」

にするということです。
 

一方、

在日米軍基地の自由使用とは、

占領期と同じように、

日本の法律に拘束されず

自由に
日本国内の基地を

使用できることを意味します。

日米安保条約における

アメリ力側の

交渉担当者だった

ジョンーフォスター・ダレス

(当時、国務省顧問)

の有有名なせりふを借りれば日本の
の独立(占領終結)に際してアメリカ側が最大の目的としたのは、
  「われわれが望む数の兵力を、

〔日本国内の〕望む場所に、

望む期間だけ

駐留させる権利を

確保すること」
  だったのです。
  そして

アメリカの政治学者

マイケルーシャラーの研究によって、

一九五一年一月末に

始まった占領終結に

向けての交渉のなかで、

アメリカ側代表は

二月中旬までに

この条件を

日本側に

認めさせたことが

わかっています。

 

このとき、

日本国民には

絶対に知られたくない

基地や

米軍についての

具体的なとり決めは、

「秘密の了解

(a private understanding)」

として

合意することも
決められました。

それこそが

「日米地位協定」

の前身である

「日米行政協定」

だったのです。
 

その「日米行政協定」と

現在の「日米地位協定」は、

本質的には

なにも変わっていないのです。

 

一見、

条文上は

改定時に

米軍側が

譲歩したように

みえますが、

重要な権利については

付属文書や非公開の密約という形できちんと担保されているからです。

 

ウラとオモテのストーリー
 

物ごとには

なんでも、

ウラとオモテがあります。

とくに

外交や国際政治の世界はそうでしょ
う。しかしこの日米安保条約と日米地位協定をめぐる物語ほど、オモテ側(建前)のストーリ
ーとウラ側(真実)のストーリーが乖離した問題はありません。しかもそれが旧安保条約から
数えてもう六〇年もっづいているのですから、まさにギネス級の粉飾だとい。つてよいでしょう。
  オモテ側(建前)のストーリーでは、こうなっています。
  第二次世界大戦で無残に敗北した日本は、その深刻な反省から、新しく平和憲法を作っ
て戦争を放棄することにした。そのため自分たちでは国を守れなくなったので、一九五二
年に国際社会に復帰するにあたり、アメリカと安全保障条約(旧安保条約)を結んで米軍
に守ってもらうことにした。具体的には、旧安保条約によって米軍の日本への駐留を認め、
その駐留の形については日米行政協定で定めることにした。
 

ところが

一九五二年に

発効した旧安保条約には

日本に不利な面があったので、

一九六〇年に

新たに

新安保条約を

結びなおした。

条約の細則である

日米行政協定も、

より平等な形の

日米地位協定として

新たに合意した。
 

この一九六〇年に結ばれた

新安保条約の第六条にもとづき、

現在、

日本に駐留する在日米軍は、

日本国内の基地や

海域、空域を使用する権利を

認められています。

また

米兵や米軍関係者、

その家族にも、

日本の国内法を

逸脱した大きな特権が

認められていることに
なっています。


  しかし

その実態を

わかりやすくいえば、

日本における

米軍と米兵は、

かつての占領期と同じ
く、日本の法律に拘束されず自由に行動することができるということなのです。

なぜ戦後七〇年たつても、米軍はまだ日本にいるのか
 

先にもお話ししたとおり、日本は一九四五年、第二次世界大戦で敗北し、アメリカ軍によっ
て占領されました。八月三〇日にコーンパイプをくわえて厚木基地に降りたったマッカーサー
の写真は、若い読者の方でも一度は目にしたことがあるはずです。

彼の正式な肩書は

連合国最高司令官となっていましたが、

実態は

ほとんどアメリカ軍による単独占領でした。


  首都圏をはじめとする各地に、

巨大な米軍基地がつくられ、

数十万人の米兵が

常駐し、

GHQ
(連合国総司令部)によって戦前の政治・経済体制が大幅な変更を強いられました。日本の
軍隊は解体され、兵力・軍事力の保持は禁止され、交戦権も剥奪されました。財閥の解体、農
地の解放、戦犯政治家の断罪など、占領軍による国家改造の嵐が吹き荒れたのです。
  その後、敗戦から六年八ヵ月たった一九五二年四月、前年九月に調印したサンフランシスコ
講和条約が発効し、日本は独立を回復します。しかしこのとき国民の目から見えないところで、
とんでもないトリックがしかけられていたのです。
  占領が終わり、講和条約が結ばれると、通常、占領軍は撤退していきます。講和条約(=平
和条約)とは戦争を正式に終了し、平和が回復されたことを宣言するための条約だからです。
もちろんサンフランシスコ講和条約にも、第二次大戦の末期(一九四五年七月)に日本に降伏
を求めたポツダム宣言にも、そのことは明記されていました(以下、条文については太字部分
だけを読んでも意味がわかるようにしてあります)。
  「サンフランシスコ講和条約 第六条(a) 前半
  連合国のすべての占領軍は、この条約の効力発生の後、なるべくすみやかに、かつ、いかな
る場合にもその後九〇日以内に、日本国から撤退しなければならない(後略)」
日米地位協定つて何ですか? O 1斗
Q&A@
025 PARTI 日米地位協定Q&A
  「ポツダム官一言 第二一項
  以上に列挙した占領の目的が達成され、さらに日本国国民の自由に表明された意思にしたが
って、平和的な傾向をもつ責任ある政府が樹立されたときは、連合国の占領軍はただちに日本
国より撤退する」
  このように、占領が終われば占領軍が撤退するのは常識中の常識です。もし占領終了後に条
約や協定を結んで外国軍が駐留するにしても、一度完全に撤退してから、新たに条約や協定を
結ぶのが当然です。
  ところが日本の場合、占領終結時に占領軍(=米軍)の基地だったところは、すべてそのま
ま基地として残されることになりました。GHOは解散しましたが、二六万人(一九五二年四
月)の米兵もそのまま駐留をつづけました。ただ名前だけが、占領軍は「在日米軍」に、占領
軍の基地は「在日米軍基地」と変わっただけ。基地の使い方も、米軍兵士や基地で働く人たち
の権利もそのままでした。
  いったいなぜ、そんなことが起こったのでしょうか。
  それはさきほど紹介した「すべての占領軍は、講和条約発効後はいかかる場合も九〇日以内
に日本から撤退しなければならない」とした「サンフランヤスコ講和条約 第六条(a)」の
  −Jンフーソンシスつ講和条約 第六条(a) 後半
  (前略)ただしこの規定は、一または二以上の連合国を一方とし、日本国を他方として双方の
間に締結されたもしくは締結される二国間もしくは多数国間の協定にもとづく、またはその結
果としての外国軍隊の日本国の領域における駐とんまたは駐留を妨げるものではない。」
  このあと何度も出てくる「一または二以上の連合国」というのは、たいていアメリカのこと
です。日本占領の実態は米軍による単独占領でしたが、公的には連合国軍による占領という形
をとって行なわれました。そのため日本国内には米軍以外にも、数は多くないものの、イギリ
ス軍令オーストラリア軍、ニュージーランド軍などが駐留していました。

 

そうした

各国の軍隊は、

占領終結後は

いかなる場合でも

九〇日以内に

撤退しなければならない

 

でも

アメリカは別
ね、とこう言っているわけです。


米軍は、日本国内のどんな場所でも基地にする権利がある
 

それだけでも相当ひどい話ですが、さらにもうひとつ大問題だったのが、すでにふれた

「全
土基地方式(全土基地化)」
です。これは日本国内のどんな場所でも、もし米軍が必要だと言
えば、米軍基地にすることができる
というとり決めです。
 

これは

まったく

おかしな話で、

完全な属国か

植民地以外、

そのような条約が

結ばれることは
ありえません。

 

どんな国と国との条約でも、

協定を結んで

他国に

軍隊が駐留するときは、

場所
や基地の名を

はっきりと明記するのが

当然です。

当たり前ですよね。

建物や土地を貸したり借
りたりするときに、

範囲を決めない

なんてことは

ありえないでしょう。
 

もちろんアメリカも、

日本以外の国と結んだ協定では

そうしています。

イギリスと結んだ協
定でも、

フィリピンや韓国と結んだ協定でも、

米軍が使用できる基地は

具体的に

付属文書の

かに明記されているのです。
 

ところが

日本の場合だけは、

それが明記(=限定)されておらず、

米軍がどうしても必要だ
と主張したとき、

日本側に

拒否する権利はありません。

その法的根拠となっているのが、

講和
条約と同じ

一九五二年四月に発効した

旧安保条約と日米行政協定(のちの日米地位協定)なのです。
  くわしい経緯は

このあとのべますが、

この旧安保条約と、

その第三条にもとづいて

結ばれた
日米行政協定によって、

「看板だけは掛けかえられたが、実質的には軍事占領状態が継続した」
 

というのが

一九五二年の

日本独立の正体

です。

 

その後、

現在にいたるまで、

国内に駐留する
米軍については、

実は

日本政府には、

なんの権限も

拒否権も

あたえられていない

のです。

 

だから

本書の「はじめに」でふれたように、

オスプレイについて

日本側からは何も言えない

と明言した野田首相は、

「王様は裸だ!」

と叫んだ少年と同じ、

真実を

語っていたのです。

 

驚きましたか?
  でも、驚いたり、怒ったり、反発を感じる一方で、
「なんだ、そういうことだったのか」
  と、

長年の謎が解けた思いがする

読者の方も多いのではないでしょうか。

よく考えると

現在の日本には、

おかしなことが多すぎるからです。
 

二〇〇九年

九月、圧倒的な国民の支持で

誕生した鳩山政権は、

市街地の中心にある

非常に危険な

普天間基地を

「県外または国外」

移転させる

といっただけで、

七ヵ月後、

辞任に

追いこまれて

しまいました。

 

外務省、防衛省を中心に、

政治家、官僚、

大手メディア、学者、評論家
など、

だれひとり

鳩山首相を助けようとせず、

むしろ

攻撃に

まわりました。

 

そして

二〇一〇年
六月、

鳩山首相が辞任に

追いこまれたとき、

一番責任があるはずの

関係閣僚

(岡田克也外務大
臣、北澤俊美防衛大臣、前原誠司沖縄・北方担当大臣)

は、

みな責任を問われず、

そのまま留任

したのです。
 

おかしいと思いませんか。

なぜ一国の首相が、

あきらかに

危険で

違法な

外国軍の基地

ひとつ
動かすことができない

のでしょう? 

 

首相が

強い意志をもって

とりくんだ

最優先課題なのに、


関係閣僚は

だれも協力せず、

その協力しなかった閣僚たちが、

なぜ

首相が

辞任したあとも

やめずに

居座ることが

できたのでしょう?
  さらに

鳩山首相が

辞任したあと、

あいついで

首相の座についた

菅直人、野田佳彦

というふたりの政治家は、

不思議なことに

なぜか

わざと

党を分裂させ、

国民の支持と信頼を失うような

政策ばかりを

選択しつづけます。

その結果、

二〇〇九年に

有権者の

大きな期待を

背負って

政権交代をなしとげた

民主党は、

鳩山首相の辞任後、

わずか2年半で

議席を5分の1に

激減させてしまったのです。

なぜこのような

理屈に合わない現象が

起こって
しまうのでしょうか。


  2012年10月、

その問題の

普天間基地、

わずか八年前には

米軍ヘリの

墜落事故も起きた
普天間基地に、

米軍は

もっと危険な特殊軍用機

オスプレイ(MV22)

を12機

配備しました。
  なぜ、

わずか

八年前に

墜落事故が起き、

だれがみても

住民が危険にさらされている

普天間基地に、

もっと危険な

軍用機を

配備することが

可能なのでしょう?
 

なぜ、

アメリカ政府は

主権国家である

日本に対して、

「接受国通報 

(米軍基地の受け入れ国への通達)」

という通達を

一方的に出しただけで、

そんなことができるのでしょう?
 

そもそも

なぜ、

日本政府は

それを拒否することが

できないのでしょう?