日本経済の首を絞める消費税増税

(岩本沙弓著「バブルの死角−日本人が損するカラクリ」の一部引用)

1. 2. 3. 4.
ノーベル賞も受賞している経済学者ジョセフースティグリッツは、

大企業が政府と結託
して、自分たちに都合のよいルールや仕組みをつくり、公共セクターから超過利潤(レン
ト)を搾りとることを(レントーシーキング)」と呼んでいる。
 

大多数の国民にむけては、

「増税しなければ社会保障費がパンクする」

「日本の消費税は国際的に非常に低い」

と言い募り、

消費税増税がやむをえないような空気を

醸成する。

 


その一方で、

増税分から

輸出企業に

大きな富が分け与えられている

のであれば、

消費税増税こそ、

レントーシーキング

の典型的な例である

といえるのではないだろうか。

 


  ここで誤解なきよう申し上げるが、

私自身は

輸出大企業や

その他の大企業の存在そのものを

否定しているわけではまったくない。

これからもぜひ日本企業には大いに活躍し、収益を上げてもらいたいと思っている。

そして、日本国民の雇用を確保し、

生活の基盤を整える

社会的な役割を担っていただきたいと

考えている。
  日本という国は、

これまで大企業中心で回ってきた。

大企業が

人を雇い、

さらに国内の

中小零細の下請け会社に

注文をだすことで、

経済の血流をよくしてきた結果、

戦後目覚ましい経済成長を

遂げてきた。

そのなかで、

輸出企業をはじめとする

大企業への優遇策が

られてきたのも、

大企業が日本人の雇用を確保し、

国内の経済を循環させてくれるような
役割を果たしてきた、

という経緯があるからであろう。


  内需中心の政策から

貿易主義に転換した一九五〇年代、

産業や貿易構造の高度化を図る
とともに、

輸出企業の課税所得から

輸出額の一定割合を控除する

輸出所得控除などが

採用された。

 

一九六〇年代に入ると、

通産省の重要基本方針として

輸出振興が一層推進される
ようになっていった。

 

たとえば、

一九六四年から一九七一年まで、

通産省が

輸出貢献企業
を認定していたように、

輸出こそが社会貢献という

意味合いがあったのだ。


  このような優遇措置が

採用されていたのは、

企業に日本全体を豊かにするための原動力
という役割が期待されていたからだ。「すべては国民とその生活の向上のために」という
気概を持った、かつての企業家や財界人が指揮するような企業であれば、法人税率の引き
下げや消費税導入による輸出還付金の意味もある。
  ただ、ここ十数年は「大企業優遇」という部分だけが残って、雇用の拡大、賃金の支払
い、下請け会社への利益配分といった、日本全体にあったはずのスキームが壊れてしまっ
た。それがまさに、日本経済の低迷をもたらしている最大の原因なのではないか。
雇用にも下請け業者保護にも貢献しない輸出還付金であれば、それは国から大企業への
不当なボーナスとなる。これまでどおり大企業を優遇するのであれば、雇用や下請け業者
を守るような制度を構築すべきであろうし、それができないのであれば、輸出還付金目的
の消費税などは撤廃、法人税による優遇も正すべきであろう。
 企業への優遇策にしても、補助金にしても、それはすべて「塩梅」や全体との「バラン
ス」の問題ではなかろうか。日本全体が上手く機能するために、経済が上手く回っていく
ようにするためにはどうしたらよいのか。
  グローバルな市場で競合する企業には多少なりとも優遇を与え、その企業が国内で雇用
の場を提供し、雇用者の所得や社会保険を保障する。そこには正規雇用者だけではなく、
非正規雇用者やパート労働者の所得を増やすことも含まれる。そうやって広く国民の所得
が増えていけば、確実に景気も上向き、それが企業収益へと結びついていく。そうした循
環がでてくることが日本経済にとってベストなシナリオなのではないか。
  企業側自身もグローバル競争に徹しなければ生き残れないという脅迫的観念にあまりに
も囚われている
のではないだろうか。日本は内需中心の国である以上、国内の消費・経済
活動を活発にすれば、応分の収益も期待できるはずだ。なにも内向きになれと言っている
わけではないし、ここまでグローバル化した経済のなかで日本だけが鎖国することなどは
到底無理である。やはりここでもポイントは「塩梅」であろう。グローバル化の度合いに
ついてそろそろ考えるべきときに差し掛かっているのではなかろうか、ということである。
 企業への優遇策であれば、消費税のような「隠れ蓑」を使わず、正々堂々と企業が利用
できる制度としたほうが、それこそフェアであり
、結局は企業にとっても国民の多くにと
っても満足を得る結果になろう。
  そして、
一部企業の優遇策によって疲弊しているのは日本だけではない。日本以上に高
税率を付加価値税で課せられている一四〇力国あまりの国民が、多かれ少なかれ隠れた補
助金である輸出還付金のしわ寄せを受けた状態になっている
わけだ
。非常にスケールの大
きな話ではあるが、経済大国である日本が、たとえば還付金ありきの税制を見直す、そう
いった意見をアメリカと連携しながら世界に向けて提案することも今ならばできよう。
  そういう意味において、
現在おこなわれようとしている消費税増税には、優遇策とセッ
トであったはずの、輸出企業の利益によって国民の所得をいかに増やすか、という視点が
依然として欠落している
一部の大企業「優遇」も、実質的なそして実態に見合った国民
所得の増加も見直しをしないまま、消費税引き上げだけにむけ進んでいるという点を憂慮
すべきだろう。
  財源確保のため最終消費者から徴収をしたいならば、同じ間接税でも消費税ではなくア
メリカのような小売売上税でよいわけで、是が非でも消費税とこだわる理由はない。なぜ
小売売上税ではなく消費税なのかということについては、今後国民全体を巻きこんでの議
論とすべきであろう。そして新政権には、一般国民の所得が増えるような、あるいは少な
くとも不景気下で所得を奪わないような税制度、経済対策をしていただきたい。
  どの国でも一般国民の経済的な幸福の最大化の延長線上に、本当の豊かさがあるはずだ。
  しかし、このまま
バブル化した経済が続けば、一時的にすぎない景気好転だとしても、
消費税改正法がいう税率引き上げの条件、「経済状況の好転」だとされてしまう。一〇%
という引き上げは、社会により一層の格差と経済的ダメージをもたらすことは間違いない。
?


                                                                                    −
輸出還付金の名のもとに、日本のみならず、世界中の
中間層や低所得者層の利益がグローバル輸出企業へと流れこむ、きわめて「不公平」な税
ではないのか。
なぜそうした指摘ができるのかという理由を述べるにあたり、少し遠いところから話を
始めたい。あれほどまでに欧州の輸出還付金に神経をとがらせていたアメリカ自身がなぜ
付加価値税を導入しないのか、というポイントだ。
▼なぜアメリカは付加価値税を導入しないのか
  アメリカの輸出企業も小売売上税から付加価値税に変更してくれれば、輸出還付金とい
う「影の補助金」を手にすることができる。欧州が自国企業の利益を追求するのであれば、
アメリカとて同じように追求できるよう付加価値税を導入すればよいではないか、と思わ
れるだろう実際にそうした付加価値税の導入はアメリカでも過去何度も議論されてきたのだが、そ
のたびにだされた答えはNOであった。
  最近の例でいえば、二〇一〇年四月にオバマ大統領が財政難を理由に付加価値税導入に
前向きな発言をしたところ、翌日ガイトナー財務長官(当時)に否定されたことがあった。
  じつはその前の週に、法的拘束力は持だない決議ではあるが、上院で付加価値税の採用
が八五対一三という、超党派の圧倒的多数によって否決されたばかりでもあった。付加価
値税反対勢力の中心人物は二〇〇八年の大統領選にも出馬したジョンーマッケイン上院議
64員である。「(付加価値税導入に前向きなオバマ大統領に発言の)修正を求め、付加価値税反対
を表明した」と題された一一〇一〇年四月一五日の議会での意見陳述がある。
「税率の引き下げと税制度の簡素化に集中することで、議会はアメリカ経済を回復の軌道
に乗せることができる。(中略)間違っても、中開層や低所得者層に悪影響を与える新規
の大規模な増税を課すことではない、それでは経済回復を遅らせるだけだ」
    上院で付加価値税導入を否決した際にも、付加価値税が財政難を解決することはなく、
   万が一にも導入となれば中間層や低所得者層への打撃だけがあまりにも大きいことがその
?
  反対理由とされた。
アメリカでは、付加価値税に関しては、最終消費者への負担の大きさとともに、所得が
   低い人ほど負担率が大きい逆累進性が指摘されている。???
?
じつは輸出大企業にとって円高は大きな問題ではなく、むしろ原材料を低コストで調達
できる分、メリットのほうが大きいのではないかと思わせる結果なのである。
  その点において、グローバル展開で円高のデメリットを相殺したり、デリバティブを駆
使して為替のヘッジをするといったスキームを持たない、中小零細企業や下請け企業など
の状況は非常に厳しい。だからこそ、円高の局面においては消費税導入や消費税増税で下
請け企業を疲弊させることのないよう、なんらかの優遇策こそ中小零細企業には必要だっ
たはずなのである。
  しかし、誠に残念なことではあるが、実効的な措置がとられることなく円高不況に陥る
こととなり、追い打ちをかけるように消費税の導入、あるいは引き上げとなってしまった。
これでは中小零細企業はひとたまりもない。
  円高の恩恵もまた受けている輸出企業が、産業の空洞化や輸出競争力の低下を指摘して、
「円高は悪」を最前面に打ち出す目的はなにか。
  円高による企業業績の悪化↓政府の歳入減↓財政悪化↓消費税で財源確保へ、というコ
ンセンサスを国民の間に植えっけるには絶好の機会となりうる。民意を味方にすることが
できれば、財界はなお一層、消費税率アップを政府に建言しやすくもなろう。
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▼消費税は法人税引き下げの穴埋めだった
  消費税の導入や税率アップが、大資本などの強者を優遇してきた証として、法人税率や
所得税率の変化にも注目してみたい。                          バ
  消費税を導入した一九八九年ヽ法人税率はそれまでの四二%から四〇%に引き下げられ  Iむ
                                                す
た。翌年には三七・五%となり、その後も一貫して下がり続けた。             れ
                                                rs
  一九九七年には消費税率が三%から五%に引き上げられたが、それと呼応するかのよう  八
に一九九九年に法人税率は三〇%に引き下げられた。そして二度目の消費税率引き上げが  心
決定したのが二〇一二年八月だが、この年の四月時点ですでに二五・五%の法人税率がス   ー四
タートしている。                                        章
                                                二
  消費税が導入された一九八九年度から二〇二一年度(予算)までの二三年間で、消費税  第
の税収は総額で二〇二兆円になるが、同じ期間の法人税の累計は二九五兆円となっている。  87
もし仮に一九八九年当時の法人税率四〇%が維持されていたとするならば、この期間の法
人税の累計は四五六兆円となる。四五六兆円−二九五兆円で、差し引きニハー兆円を法
人税の減少額とする。
  法人税、消費税とともに税収の要である所得税についても見てみよう。一九八八年まで
は年間所得二〇〇〇万円超は五〇%、五〇〇〇万円超は六〇%だった税率が、現在は一八
〇〇万円超が一律四〇%まで引き下げられている。中央大学名誉教授であり、元国税庁職
員である富岡幸雄氏はその結果、年間所得二〇〇〇万円超の、いわゆる高所得者層への減
税による減収額は毎年二兆円になると指摘している。二兆円×二三年=四六兆円か高所得
者層の所得税の累積の減収額となる。
  法人税の累積減収額がニハー兆円、所得税の減収額が四六兆円、合計二〇七兆円はこの
間の消費税の累積額二〇二兆円とほぽ重なる。「社会保障のため」と徴収されている消費
税ではあるが、富岡教授は結局のところは一九九〇年代を通じて引き下げられていった法
人税と高所得者層の減税分の穴埋めにしかなっていないと言及している。
  ひとつの見方として、法人税と高所得者層の所得税の減税十消費税増税のセットによっ
て、本来輸出大企業や高所得者層がいくぶんかは負うべき負担を国民の側か背負うように、
この二十数年でじょじょに態勢が整えられていったことになろう。さらに国民負担分から
輸出企業には還付金として資金が渡っている構図となる。これでは大企業とその株主、あ
るいはごくかぎられた富裕層だけが恩恵を受けるシステムとなってしまう。
  一方で、かつての高所得者層の所得税や法人税が高すぎたゆえ、今の水準が適正なので
はないかという見解もあろう。国税収入のなかで、どの国でももっとも大きな比率を占め
るのがこの法人税、所得税、間接税(消費税)であるが、果たして、世界的に見て日本の
消費税の比率が低く、法人税や所得税の比率が高いのであろうか。
  これまで見てきたとおり、付加価値税が軒並み二〇%前後となっている欧州であるが、
主要国の国税収入に占める付加価値税収の比率を見ると、イギリスは二万一%、ドイツ
は三五・六%、イタリアは二八こ二%である。付加価値税が二五%ともっとも高いスウェ
ーデンは一八・五%にしかならない。それに対して、日本の場合、消費税五%のうち四%
は国税(残りI%は地方税)であり表面上の数字は低いが、国税収入の全体の比率で見ると、
現時点ですでに二四・七%となっている(平成二五年度予算案)。つまり、付加価値税が高
88い欧州並みの負担を日本国民はすでに強いられていることになる。今後一〇%まで消費税
率が引き上げられた場合、国税収入における消費税収の比率が三七%にまでのぼることは、
民主党政権下で安住淳財務大臣(当時)も国会の答弁で述べており、各国比でも消費税収
の割合が突出することになる。
  こうした比率を見れば日本の場合、一見した消費税率は低くとも、実際には歳入の相当
部分を国民全体が広く背負っているといえるわけである。今後も消費税の負担を上げて法
人税や所得税を下げ続ければ、税収ごとのバランスを一層崩すこととなる。すなわち不公
平さが拡大することにつながるのは間違いない。
▼ひっそりとインストールされるシステム
  もちろん、法人税の引き下げによって、税金として徴収されずに済んだ利益が従業員に
分配されるなら問題はない。あるいは、減税で潤った高所得者層が、減税分をすべて吐き
だすような国内での消費活動に積極的に励んでくれていたなら、ここまで内需がしぼむこ
とはなかったろう。現在のような日本の中間層の没落、景気の悪循環が長く続く冬の時代
に突入するようなこともなかったのではないか。
  しかし、現実には、一九九〇年代後半から現在に至るまで、国内消費は減退し、国民の
所得は減少の一途をたどっている。
  言うなれば、この「失われた二〇年」というのは、どんなに大企業が利益を上げようと
も一般の国民には富が行き渡らず、ごく一部の富裕層や企業にしか資金が回っていかない
ようなシステムが、いつのまにかインストールされていった時代だった。
  企業が利益追求をする集団である以上、コストを抑えて収益を上げることに専念すると
いうのはわかる。だが、長きにわたって度重なる税制の変更があったがために、あまりに
もコスト削減の度合いがすぎてしまったこと、富の分配に偏りがあるということを、企業
側自身が認識できなくなっているのではないのか。
  そして、こうした日本の税制変更の影には、アメリカの姿が見え隠れしていた。アメリ
カが輸出大国復活の可能性を捨て、金融帝国へと舵を切ったときに、日本は消費税を導入
し法人税を下げることで、輸出企業優遇の税制へと傾斜していった。
  その意味では、「失われた二〇年」とは、アメリカの強者と日本の強者の蜜月時代とす
90
らいえるのではないだろうか。
第三章 時価会計導入で消えた賃金
92
▼激増する株主配当金
  輸出のたびに税金が還付される欧州型の付加価値税は輸出奨励金ではないか。アメリカ
がそのように主張する、付加価値税のような一部を優遇する税制導入の経緯について、そ
してそこに垣間見られる企業と国家の思惑をこれまで見てきた。日本の消費税への移行を
含め、付加価値税制の導入には、どうやら薄く広く国民の富を徴収し、それを一部の大企
業に還流させる目的もあるようだ、という確認ができたのではなかろうか。
  それに対して、よりダイレクトに従業員の賃金を削りとることに結びつく制度変更もあ
る。それが本章の主題となる、株主資本主義の陰の原動力となっていった時価会計の導入
?
である。
  日本の税制変更の裏には、アメリカの一部の支配者層の思惑が見え隠れするようだとい
う話をしたが、この会計制度の変更に関しては「グローバルースタンダード」の名のもと、
アメリカの影響を真正面から受けたものである。
  会計制度の変更というものは、専門的でテクニカルであるがゆえに、一般国民にとって
丿常にわかりにくく、なかなか議論に参加しにくい。さらに、国民全体を巻きこんでその
議論を発展させることも大変難しい。株主資本主義という言葉にしても、イメLンは湧く
かもしれないが、具体的にそこにどのようなル1‐l・ルが存在するのか、あまり知られていな
いのではなかろうか。
  そこで本章では、一九九〇年代後半から二〇〇〇年代にインストールされてしまった株
主資本主義の内実を明らかにしながら、それが日本経済に与えた負の影響を検証してみた
い。まず、端的に株主資本主義なるものがもたらした「結果」をデータで確認しておこう。
  図5は大企業の株主配当金総額と人件費総額の推移を表したものである。ご覧のとおり、
株主への配当金額は二〇〇〇年をI〇〇とすると、二〇〇六年の指数は約三五〇、つまり
ご丁五倍へと急拡大している。一方で、人件費総額は二〇〇〇年代以降、微減している。
  つまり、二〇〇〇年以降、いざなみ景気という景気拡大期を経たにもかかわらず、企業
が生みだした付加価値は株主の配当に充当されはしても、従業員の賃金アップにむけられ
ることはなかった。二〇〇〇年代を通じて「株主利益を最大化する」という目的が徹底さ
れたことを示すデータといえよう。
時価会計導入で消えた賃金
「賃金はなぜ上がらなかったのか?」(2009年)
  この時期、なぜ大企業を中心に株主への利
益還元に重きを置くことが可能となったのか。
なぜ、株主優位の経営に転換せざるをえなか
ったのだろうか。
  その背景には、バブル崩壊後の株価下落の
ため多くの株式保有者がやむなく株を手放し
たことで、保有株主の構成自体が変化し、保
有する目的もかわってきたことがある。
  そして、この株式大放出に追い打ちをかけ
た事象として、時価会計に代表される、とく
に一九九〇年代後半以降の会計ビッグバンの
影響は拭い去れまい。
▼時価会計とはなにか

  まずは時価会計という仕組みを簡単に説明しておこう。
  時価会計とは、資産と負債を各期末の時価で評価し、財務諸表に反映させる、言い換え
るなら、資産を取得したときの原価と現在の価格との差を決算のたびに組み入れていく会
計方式である。
  Aという企業が株を保有しているとしよう。話を非常に単純化すると、A社が所有して
いる株の価値が前の決算時とくらべて下がっていれば、下がった分、会計上のA社の企業
価値は下がる。前の決算時とくらべて株価が上がっていれば、上がった分、企業価値は上
がることになる。
  二〇〇一年三月期決算以降、日本の上場企業は金融商品に関して時価会計の新基準をも
とにした財務諸表を発表しなくてはならなくなったのだが、それ以前は原価会計という制
度がとられていた。この原価会計は簡単にいえば、持っている資産を評価する際に、決算
時点ごとの資産の評価額ではなく、その資産を取得した当初の時点での価格で評価するも
のである。
  一般的には、時価会計のほうが、現時点での資産の価値を反映しているので「正確」だ
といわれる。とくに、含み益の大きな株式を売却して利益を捻出する益出し操作のような
人為的な会計操作が不可能になり、企業の損益が明確になる。これこそ経営の透明性を重
視するコーポレートーガバナンスのお眼鏡に適う方式だと、喧伝されてきた。
  お気づきかと思うが、バブル崩壊で市場価格が下落の一途をたどるような、あるいは長
く続くデフレでモノの値段が下がるような状況で、原価会計から時価会計への転換がある
と、企業の受けるダメLンは大きい。各期の評価損益を損益計算書に計上しなくてはなら
なくなるからだ。
  これも単純化した話だが、たとえば取得価格がI〇〇円の株式が、あるとき1000円
になり、その後に五〇〇円になったとしよう。原価会計であればあくまでも取得価格と市
場価格の差が計上されるので、五〇〇円一一〇〇円で四〇〇円のプラスとなる。
  しかし時価会計の場合、一〇〇円から1000円まで値上がりした分は前の決算の収益
に計上されてしまい、一〇〇〇円−五〇〇円=▲五〇〇円、つまり五〇〇円の赤字が次の
決算に計上されてしまう。引き続き価格が下落して四〇〇円になれば、五〇〇円―四〇〇
円=▲一〇〇円をさらに後の決算時に計上する必要がある。つまり、原価会計ならば、購
人当時の安い価格が資産評価の基準となり、実際に売却したときには原価との差額が計上
されるだけである。バブルで異常に値上がりしたとしても帳簿上には表れない代わりに、
バブルが崩壊して含み益が消えたとしても損失として出現しないため、さほど問題とはな
らないであろう。
  ところが、資産価値が著しく低下し続けるなかで日本は時価会計システムを採用した結
果、資産がどんどん目減りし、わずかばかりの評価益を確保するため、あるいは評価損を
これ以上膨らませないために、企業も金融機関も株を売り続けた。そのような売りが市場
での一層の売り圧力を引き起こすために価格が下落、さらなる含み損を大きくしたために、
一層の売り圧がかかるという、まさに株式の売りの悪循環に陥ってしまったのだ。
▼橋本龍太郎の金融ビッグバン
  なぜ、日本は原価会計から時価会計に転換したのだろうか。
  一般的には、日本の時価会計は、一九九六年に第二次橋本内閣が宣言した「金融ビッグ
バン(日本版ビッグバン)」構想のひとつとして位置づけられている。
98金融ビッグバンとは、フリー(市場原理が働く自由な市場)、フェア(透明で信頼できる市場)、  100
グローバル(国際的で時代を先どりする市場)という三原則をもとに、金融システムの抜本
的な改革を目指したものであり、その中心をなす改革のひとつが国内会計制度の国際基準
化であった。
  金融ビッグバンの背景として、日本の資産バブル崩壊によって企業活動が低迷し、その
結果、日本の金融市場の存在感が著しく低下していくなかで、金利の自由化、金融機関の
業務枠の自由化、金融の国際化によってなんとか日本市場の再生を図ろうとしていた。
  また、国際的な金融自由化が進行していくとともに、欧米から日本に対する金融自由化
の要求が強まっていったこともあげられよう。戦後日本の金融システムは、証券取引法や
銀行法などの規制が多く、業務範囲も限定されていた。それがいいか悪いかという議論は
別として、海外勢から見れば、海外市場にくらべて日本市場が透明性を欠いていると受け
取られていた面は否めない。そこで、海外投資家からすればタイミングよく、一九九〇年
代のバブル崩壊を迎えることになる。
  日本の地価と株価が下落の一途をたどったことで、バブル期に不動産を担保に貸し出し
た融資は焦げつき、銀行の不良債権があらわになり、・銀行をはじめとした金融機関の株価
が大幅に下落する金融危機を迎えた。金融ビッグバンが具体的に始まる前年の一九九七年
には、山一澄券、三洋証券、そして北海道拓殖銀行が破綻。日本の金融システムは、未
曾有の危機に直面することになった。
  不良債権問題が顕在化したことで、日本の金融機関に対する信頼性は低下。海外勢から
してみれば、こうした状況を引き合いにだすことで、俄然、日本の金融システムの抜本的
なシステム改革を要求しやすくなった。
  バブル崩壊以前の日本では、メインバンク制のもと、株式保有に関しては独特の慣行で
ある「持ち合い」が企業間でさかんにおこなわれていた。株式の持ち合いとは、複数の株
式会社が、お互いに相手方の発行済み株式の一部を保有しあう状態を指す。持ち合いの目
的のひとつは、買収から自社を防衛することだったといえよう。
  また、互いに株式を持ち合えば、株価は安定するため、終身雇用制や持ち合いをしてい
る企業同士での長期の営業取引なども可能となった。グループ会社に金融機関があれば、
グループ内での資金の融通などもよりスムーズにいく。こうして、株式持ち合いが、高度
時価会計導入で消えた賃金
第三章
101経済成長の陰の立役者となった面もあろう。
  だが、バブル崩壊後の株価暴落が、企業の保有する持ち合いの株式の資産価値を失わせ
たため、金融機関や企業経営に大きな圧迫となり、持ち合い解消がすすむことになった。
  会計制度との関わりという点で言うならば、当時は、グループ会社への不良債権の「飛
ばし」をはじめとした粉飾会計が相次いで発覚し、それが引き金となって日本長期信用銀
行や日本債券信用銀行という金融機関までが破綻に至ったため、会計制度の見直しを要求
する声が投資家から強まっていったという経緯もある。
  とりわけ、日本の株式を保有する外国人投資家にとって、金融資産の取得原価と時価の
間に大きな差があっても決算に反映されなかったり、含み損がグループ企業につけかえら
れたりしている原価会計や個別決算をおこなっていることは、不公正で不明瞭な経営と映
ったのだろう。
  その象徴的な出来事が一九九九年から起きだした「レジェンド問題」と呼ばれるもので
あった。これは、当時ビッグ5と呼ばれていた五つの世界的な大手会計事務所が、アメリ
カの証券市場に上場する日本企業の監査報告書に対して、「この財務諸表は、日本の証券
取引法および会計基準で作成したものであり、日本以外で通用する会計基準に拠ったもの
ではない」というような内容の説明条項(F回乱clause警句)を加え、海外の投資家に注
意を喚起したことを指す。
  このレジェンド問題は、日本の会計基準に対する不信感を端的に表明したものであり、
外堀を埋められるがごとく、これをきっかけに日本は国内会計基準のグローバル化にシフ
トせざるをえなくなっていった。こうしたことが、二〇〇一年の時価会計導入に結びつい
ていったと考えられる。